第7話 帰る
「ふぅ……。いきなりブッシュタイガーだもの、しょうがないわね」
しばらくして落ち着いたうさ耳が口元を拭きながら強気に言う。と言うかむしろ嬉しそうだ。
「何がしょうがないんだよ……ていうかなんだ、いまのは?」
「ブッシュタイガーっていう魔物よ。ここらへんじゃ珍しいわね。割と強い魔物なんだけど……。あんた見かけによらずなかなかやるじゃない」
いやいや。俺が聞きたかったのはあの不快感だぞ? 魔物がイタチの最後っ屁みたく毒ガスでも出してたらマジで怖えんだよ。
と……俺の聞きたかった質問と別の答えが帰ってきたが、それ以上にうさ耳は聞き捨てならない事を言いやがる。
「おいおいおい。見かけによらずってなんだよ」
「ふん、褒めてるのよ。二足歩行の聖獣なんて聞いたこと無いもの、最初は不安になるでしょ?」
「いやいやいや。性獣とかやめて、まだピュアなんだから」
「何言ってるのよ。聖獣は聖獣よ」
俺が世界を超えてこの世界に着たことを考えれば、何らかの「酔い」があっても不思議じゃない。が、先程は俺と同時にこのうさ耳も同じ様に体調を崩していた。これは何か意味があるのだろうか。召喚主と対象とのリンク的なものでもあるのか?
不思議だったが、うさ耳は当然のように、しかもむしろそれを喜ぶかのようだ。
ドMか?
それでも少し落ち着いたうさ耳女は、ようやく俺に状況を説明し始める。
どうやら、これは小説にあるような勇者召喚とかじゃないようだ。俺はこの貧相なうさ耳と契約して召喚獣という立場でこの世界に召喚されたと告げられる。
ちょっと納得いかない。
……召喚獣?
いや。かなり納得いかないぞ。
「と、言うことよ、シマシュウサク」
「そのフルネームで呼ぶのやめろよ、うさ耳」
「うさ耳じゃないわよ。スー・ラ・ゲ・ビョーク。よ!」
「すーらげびょーく」
「うっ。なんかイラッとする」
コイツはわがままか?
このうさ耳の名前は、スー・ラ・ゲ・ビョーク。スーが名前で、ラが種族、ゲが一族の名、ビョークが家名、らしい。複雑すぎてわけがわからない。
うさ耳が無ければ普通に可愛い少女なのだろう。いや。ある種の人種にはこのうさ耳が重要なんだと力説されそうだが。
淡いピンクの髪はロングのストレート、そこに長い同じ色の耳が真上に伸びている。耳まで真上に伸びているせいか、なんとなく全体的に華奢というか細長い感じだ。胸部まで平らだ。大胸筋が足りない。
「あんた……。なにか失礼なこと考えてないでしょうね」
「ん? なんのことだ?」
格好は、なんだ? ファンシーな髪色に似合わない暗い色の上着をボタンも止めずルーズにまとっている。しかもかなり年季の入った感じだ。召喚師と言ってたからローブなのだろう。
その下には短い丈のワンピース。に草履? アンバランスにも程がある。
そしてこの世界……国なのか? はミラクルメイドウズと言い、どうやらここの世界ではこのうさ耳は普通のようだ。当然地球とは全く違う文化を持った世界。やはりわけがわからない。
だが異世界は異世界だ。そして俺は異世界に召喚された男。きっと素敵ステータスに素敵スキルを身に着けて、チート無双に、ハーレムってやつに違いない。
ふふふ。
物語のスタートってわけだな。
「じゃあ、なんだ。魔王とか倒せば良いんだろ?」
「はい? 何言ってるの?」
「ん? 魔王はいねえのか? ま。それでもせっかく召喚されたんだ。思う存分この世界を楽しむさ」
「えっと? わけわからないんだけど」
「……何が?」
「あ、そろそろ村に戻らないと」
「お、村かあ。初期村ってやつだな。ちょっとワクワクするな」
「……あんたさっきから何言っているの?」
「ん?」
「じゃ、戻すね」
「へ?」
スーが、そう言うと何か仕草をする。途端に俺の周りに先ほどとは違うちょっと地味な魔法陣が浮かび上がる。
「なっ。へ? なに?」
「じゃあね、またね~」
「お、おいっ――」
にこやかに手を振るスーが突如視界から消える。じゃなくて、俺があの場から消えたのか? 俺はこの世界にやってきたように、真っ暗なパイプの中を落ちていく。
……。
……。
ギョンギョンギョン。
そして、俺は元の校庭に戻っていた。
……。
……。
「……あれ? ここは?」
「ん? 志摩。あんま進んでねえな」
「え? 白井さん? スーは?」
「スー? なんだそれ。女か?」
「えっと。うさ耳の……」
「何? バニーガールか? ほほう。なんだ志摩。お前良い店知ってるようだな?」
「へ? 店?」
やはりこの世界を渡る移動はこたえる。現状を把握するのに時間がかかってしまう。だんだんと意識がはっきりとし出す中、俺はつい白井先輩に余計な事を言っていたのに気がつく。
「い、いや。なんでもないです」
「おいおいおい。水くせえよ。俺にもそのお店教えろよ」
「いやだって。俺まだ未成年ですよ? そんな怪しげなお店知るわけ無いじゃないですか」
「何!? ……本当か?」
「ほ、本当ですよ」
「そうか……まあ、そうか」
当然だ。俺はまだ16歳だぞ? バニーガールがウロウロするお店なんて本か何かで見たくらいで、本当にあるのかも知らない。白井先輩はあからさまに残念そうな顔になる。
いやいや、そこまで凹むなよ。
ていうか周りを見れば白井先輩はだいぶ草刈りを進めている。他の用務員達もあらかた自分の周りはキレイになっていた。それに比べ俺の周りはまだまだ草が生え放題だ。慌てて俺はアクセルを握り草刈りを再開させる。
結構な大物の獣を切ったが、壊れてないよな?
少し不安が首をもたげるが、なんとか草刈りは出来るようだ。異音なども特にない。俺はホッとしながら草刈りを続ける。
自分の場所を終わらせた白井先輩たちも「しょうがねえな」と言いながら俺の場所を手伝ってくれる。なんだかんだ言って先輩たちは優し――。
――あれ?
時計を見れば、確かにそこそこの時間は経っている。なんで先輩たちは何も言わないんだ?
時間にすれば三十分ほどか、いや夢中になっていたからもしかしたら一時間程経っていたかもしれない。
一時間、俺はこの場所にいなかった。
だけど、それを指摘する先輩は一人もいない。
どういうことだ?
本当にあれはリアルな体験だったのだろうか。なんかダンジョン産の雑草で変な幻覚でも見たのだろうか。
……俺はたった今経験したことが、リアルなのか急に不安になってきた。
しかし、服を見れば血のシミがついている。確かに雑草を刈ることでも同じ様に血のような赤い汁が飛び散って服に付くが……。
あれは青臭い匂いがするが、これは生物の血液の匂いに感じるんだ。
俺はなんとも煮えきらない気持ちで草刈り作業を終わらせた。
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