第6話 初顔合わせ

 何処からともなく聞こえてくる声に名前を名乗った瞬間、俺はグッと引っ張られるようにあたりに広がる魔法陣の中へと引き込まれた。


 そのまま俺は、真っ黒なトンネルの中をものすごい勢いで進んでいく。周りの状況も分からなければ、自分の状況すら分からない。上を向いているのか下を向いているのかすら不把握できない。

 体がトンネルの中でグルグルと回りながら落ち続けている様な感じだ。


「なんだこれっ! なんだこれっ!」


 もう何度目か分からない悲鳴のような声をあげる。

 グルグル回っていた俺の体はやがて安定していく。パイプの中を流れていくかの様に頭から落ちていく。……頭から落ちていく?

 さすがの俺でもこれは慌てる。


「うぉお。やべえっ! やべえって!」


 こんなスピードのまま何処かにぶつかったら間違いなく脳漿飛び散らしてペシャンコになるわ。


 俺が慌てようが、暴れようとしようが何も変わらない。万有引力のように俺は落ち続ける。


 ……。


 少し人生を諦めかけた時、突然辺りが明るくなる。


 先程まで俺の周りを照らしていた魔法陣のようなものがここにもあった。俺はその魔法陣の中心から……。生えてきた。


 ビョンビョンビョン。


 そんな擬音でも聞こえそうな感じで、俺は魔法陣の中心に現れる。

 ものすごいスピードでトンネルの中を流れてきたんだ。俺は自分の状態すら分からない状態で、クラクラとふらついていた。


「――やった! 出来たっ! やっと出来たわ!」


 なんか騒いでいる声が聞こえる。


「……ああん?」


 俺は必死に頭を振って意識をはっきりさせようとする。そのかいがあったのか知らないが、少しづつ意識がしっかりし始める。


 ……はい? うさ耳? どこだ?


 よくわからないが、眼の前ではウサ耳を付けた変な少女が嬉しそうにはしゃいでいる。俺が不審者を見るように、全力で怪訝な顔をしていると、そのうさ耳と目が合う。


 うさ耳は、顔をほころばし、満面の笑顔で俺に微笑みかける。


「ようこそ。ミラクルメイドウズへ!」

「……ミラクル……メイドウズ?」


 何だ? なにかのイベントか? わけがわからないまま俺はオウム返しに聞き返す。その瞬間うさ耳の顔が驚愕に染まる。


「……へ? 聖獣が、しゃべった?」

「聖獣? なんだそりゃ」

「よく見れば服も着てる。知能の高い猿の聖獣かしら」

「誰が猿じゃゴラァ」

「……なんだ、ゴリラか」

「ちょとまてや!」


 なんだこのうさ耳は。失礼にもほどがある。ていうかここは何処なんだ? ミラクルメイドウズ? なんだそのメルヘンな名前は。


 俺は慎重に辺りをうかがう。ここは、丘の上か。周りは野原というか草原だ。少し下の方に集落のような物があるようだ。煙が何筋か立ち上っている。

 俺がさっきまでいたのは学校の校庭。東京の外れにある学校だからそこまで都会ってわけじゃないが。ここまで自然に溢れているわけじゃない。


 俺は冷静に現状把握に務める。


 ……先程まであった魔法陣。


 これは……。まさか。異世界召喚ってやつか?


 パニックになりながらも俺は必死に、そして冷静になろうと取り繕う。これが異世界召喚だとしたら、俺を召喚したのは眼の前のうさ耳か……?

 異世界召喚とか言えば、勇者召喚で聖女がってのがテンプレじゃないのか? こいつはとてもそんな雰囲気じゃねえな……。


 うさ耳だし。


「えっと。シマシュウサクでよかったわね?」

「……やっぱりあの時のはお前の声、なのか?」

「お前? お前って何よ。召喚主に向かって!」

「うっせいよ、突然こんな所に呼び出しやがって、偉そうにすんな」

「なっ! 生意気よ、シマシュウサク!」

「お前こそ何様だよ。変な耳付けてよ」

「へ、変な耳? なんてことをっ! 村でもみんなスーちゃんの耳はとってもいい形をしているって言ってくれるのよ!」


 うっわ。マジで訳わからねえ。


「何がいい形だ。中途半端なんだよ。バニーガールならせめて網タイツだろ?」

「は? 何よそれ!」


 駄目だ、売り言葉に買い言葉だ。ついこの頭の悪そうなうさ耳にイラッとしてしまう。ここは大人の俺がしっかりとしないとな。


 俺は胸に手を当ててすぅっと深呼吸をする。


「ガルルルゥ」


 その時だった。突然茂みからバカでかい獣が顔を出す。

 

「うぉおお。何だこいつッ!」

「へ? ブッシュタイガー? どうしてこんな所に?」

「ブッシュタイガー?」


 何やらこのうさ耳はこいつの名前を知っているようだ。だが、友達ではなさそうだ。うさ耳は目を丸くしてその場を後退りする。


「し、シマシュウサク! 行きなさい!」

「え? どこへ?」

「どこへって、あんた私の召喚獣でしょ! こ、こいつを倒してっ」

「ぶっ。いやいやいやいやいや」

「いやいやじゃないわよっ!」

「無理無理無理無理。だいたいどうやってっ!」

「そ、その手に持ってるのは武器じゃないの?」


 ん?


 うさ耳に言われて手元を見れば、確かに俺の手にはあの草刈り機がある。肩から紐で吊るされ両手でハンドルをもち、長い柄の先には回転刃。その草刈り機が、ドッドッドッ。とアイドリング状態で俺のアクセルを待っていた。


 ……確かに。武器と言えなくもない?


 いやいやいやいやいや。だって、これ草刈り機だぞ?


「がるぅぅぅぅ」


 俺の迷いなんて眼の前の獣は全く気にしていないようだ。口からよだれを垂らしながら、まるで獲物を狙うかのようにヒタッヒタッと近寄ってくる。


「ぅおおお。く、来るな」


 俺は恐怖のあまり、右手のアクセルをぐっと握る。


 ブルルルン!


 勢いよく弾けるエンジン音に一瞬獣はその足を止める。その時、後ろからうさ耳の声が響く。


「行きなさい! 炎蟲!」


 それと同時に真っ赤な火の玉が獣に向かって飛ぶ。


 ゴぅ! 小さな火の玉ではあったが、火は獣の顔に命中し顔を覆うように燃え上がる。


「おお~。やったか!」


 俺が後ろを見れば、うさ耳が手を前に出し残心を決めている。しかしその顔は険しいままだ。


「油断しないで! コイツは炎蟲くらいじゃひるまないわ!」


 なに? 俺が慌てて獣を確認すると、獣は明らかに火を嫌がって首を振っているが、確かにそこまでのダメージが有るように見えない。ウザがってる程度だ。


 くっそ……。こいつの刃はダンジョン産だったよな。


 俺はグッと歯を食いしばり、草刈り機のアクセルをグッと握る。アクセル全開でエンジン音がさらに唸りを上げる。こなくそっ! 俺は意を決し獣に突っ込んでいく。ようやく火が消えた獣のその顔に、回転刃を押し当てた。


 グギャギャギャ。


 草刈りは軽い抵抗を受けつつも、そのスピードを落とすことはなかった。


 もう必死である。顔を切り貴様れた獣が、痛みにのたうち回る。その太い腕、鋭い爪。牙以外にも危険な香りはとどまることを知らない。


「死ねっ! 死ねっ!」


 俺は必死にアクセルを回しながら倒れる獣に攻撃を続ける。首の辺りに頸動脈があるのは同じだろうか。なんとなく斬られたらヤバそうなところを狙って草刈り機で攻撃し続ける……。


 やがて、眼の前には動かなくなった獣だった肉が転がっていた。


「すっすごい! さすが私!」

「いやいやいや。やったの俺でしょ?」

「そのあんたを召喚師たのが、この私よ!」

「どんな理屈だよっ。お前は魔法撃った後、耳を丸めてビビってただけじゃねえか」

「みっ耳を! なんてこと言うのよ! 女の子に向かって!」

「へ? お、女の子関係あるのか?」

「もう信じられない! ド変態ね! 鬼畜! 悪魔! 米英!」


 さすがの俺も女性の立場で攻められるとどうも辛い。どうやらこの世界でのタブーに触るような事を言ってしまったようだ。

 その後も、うさ耳はヒステリックに俺を罵倒し続ける。


「おい。いい加減にし……ぅぉぅ!」


 あまりにもしつこいうさ耳に俺が言い返そうとした時、俺は突然めまいに襲われ、ふらつく。吐き気まで感じ膝をついて横を見れば、うさ耳も同じ様に膝をつき、口からナニかを吐き出していた。


 デロデロデロ……。


 そんな擬音で良いか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る