第5話 スー
丘の上の少し開けた場所で、一人の少女が呪文を唱えながら必死に魔力を集中させていた。そしてその少女の眼の前には魔法陣が煌々光を放っていた。
「ピョン。ピョン。コイコイ……。ピョン。ピョン。コイコイ……」
強めの風がローブをバタバタとはためかしている中、少女はひたすらに呪文を唱え続けていた。
……。
ここは『ミラクルメイドウズ』と呼ばれる獣人達の世界。
そして少女の名はスー・ラ・ゲ・ビョーク。
ラ・ゲ族の若き見習い召喚師だった。
この世界は前述のように獣人達の世界だ。スーの頭にも立派な二本のうさ耳が生えている。うさ耳はラ種の特徴であり、そしてゲ族は、聖獣の召喚師の一族として知られていた。
◇◇◇
――見つからない……。
魔法陣を使い異世界への扉を開く。そして異世界に居る聖獣と契約することが私の目的だ。もう何年も、私は自分の聖獣を探していた。
――どうして……。
諦めようにも諦めきれない思いがある。同年代の同じ一族の仲間は皆、自分の召喚獣と契約して、新しい世界へと旅立っていった。
――暗闇しかない……。
魔力にだって限りはある。私は今日の捜索を諦め、掲げていた魔法の杖をおろし、魔法陣への魔力の供給を止める。
光り輝いていた魔法陣は徐々にその光を落としていた。
「あー。また駄目かぁ」
口に出しても意味の無い事だけど、こうして言葉に出すと、なんとなく悔しさがまぎれるような気がする。
自分でも自覚はある。私はラ・ゲ族の落ちこぼれだって。聖獣召喚に特化した一族で、しかもビョーク家は名門として名高い。それでも、聖獣を見つけることが出来なければ、契約をすることも出来ないのだ。
契約が出来なければ当然召喚も出来ない。さらに召喚の出来ないスーは、未だに村の上役から冒険の許可を貰えなかった。
「もう、みんなとっくに冒険の旅に出ているというのに……」
私は困ったように自分に指輪を見つめる。
その指輪には異世界から呼び寄せた『蟲』が入っている。こういった低級な蟲であればいくらでも捕獲し、使役することが出来る。
それは私がちゃんと召喚師としての資質を持っている証明になるのだ。蟲と違い、聖獣クラスになるとお互いに契約を交わさないと召喚して使役することは出来ないという違いはあるのだが……。
聖獣が見つかりさえすれば契約をすることが出来る自信はあるんだ。
同じ召喚師の一族であっても、聖獣と契約できない者はいくらでもいる。でも、スーの様に聖獣を見つけることの出来ない者はなかなか聞いたことがない。
村の長老も頭を捻るばかりであった。
……。
……。
「ねえお母さん、蟲を使えれば冒険に出れると思うの」
「またそんな事言って。村の決まりでそれは駄目だって言われたじゃないの」
「そうなんだけど……」
夕食時のそんな会話も、一度や二度では無かった。蟲も立派な攻撃手段にはなる。ラ・グ族の様に、蟲の召喚に特化した様な一族だっている。
でも、ラ・ゲ族にはラ・ゲ族の誇りがあり、それが決まりになっていた。聖獣の召喚が出来てこそ一人前として認められるようになる。
……。
……。
翌日、私は再び村の外へ出ていく。
私が聖獣と契約できないという話は、村中の人たちが知っていた。一族の全員が全員聖獣と契約できるわけじゃないので、表立ってバカにされることは無いのだが、ビョーク家のプライドなのだろう、それがとても恥ずかしいことに感じられていた。
魔法陣を街の中で広げ、それを人に見られるのなんてたまったものじゃない。
そんな訳で、いつも村の外でこっそりと聖獣探しをしていた。
……。
丘の上まで登ってきた私は、フーと大きく深呼吸をする。子供の頃からこの丘が好きだった。小さい頃はただ遊ぶ場所としての丘だったけど、今は違う。村の仲間から隠れて、見つからない聖獣を探す場所。
聖獣を探す探査と契約の魔法陣は一族の血に脈々と受け継がれている。父や母、祖父や祖母、皆、聖獣と契約をしていた。
それ故のラ・ゲ族だ。
魔法の杖を両手で持ち、それを天に掲げる。
「ピョン、ピョン、コイコイコイ……」
風に揺れる葉擦れの音の中に、スーの詠唱の声が染み渡っていく。
◇◇◇
聖獣を召喚することの出来るラ・ゲ族の人達は、定期的に村の周りを巡回し、魔物たちを追いやっている。そのため、村の外でも通常魔物などが出てくることはなかった。
通常は。
だが最近、村のまつりなどの準備などがあったため、村の周囲の巡回がすこし滞っていた。そんな中、一匹の魔物が村の区域内に餌を求めて侵入してきていた。
近くでうまそうなウサギの匂いがする。
魔物はグルグルと鼻を鳴らしながら、スーがいる方へ向かって歩いていた。
しかし魔法陣を展開し、その意識を異世界へと飛ばしているスーに、そんな危険を知るすべは無かった。
◇◇◇
――本当にお願い。見つかってよ……。
焦っては駄目とは言われるけど、そんなのは無理。
世界と世界を結ぶ虚無の空間で、私はいつもと同じように聖獣の住む世界を探していた。色の感覚があるわけではないが、言ってみればこの空間は真っ黒だ。この虚無の空間には様々な蟲が漂っているが私の目的はそんなものではない。
そして、他の世界へのルートがあればそこはほんのりと明るさを感じる。そして今感じる明かりは自分がやってきた世界から滲む光だけ。
その中でフワフワと他の世界を探して漂っていた。
召喚術の先生が言うには、ラ・ゲ族は聖獣と契約を出来る特性を持つ為、聖獣の住む世界がわかるという。そしてその世界にアクセス出来れば、そこに住む聖獣と交渉する能力を持っている。
最初は皆、聖獣が住む世界を探すのに苦労すると聞いてるけど……。
それでも友達や、年下の子達までがどんどんと聖獣と契約をしていくのを見て、少しづつ自信をなくしていた。心の何処かで、自分には聖獣の住む世界が見えないんじゃないか。そんな事を考えることもあった。
……
――あれ?
なんかいつもと違う感じがする。虚無の空間の中に不思議な温かみを感じていた。そちらの方へ意識を向けるとたしかに何かある。
――行ってみるか。
近づいていくと段々とそれが確信に変わっていく。間違いない。私の世界とは違う別世界がある。
そこに向けて意識を近づけていく。今までこんな遠くまで意識を飛ばしたことはないかもしれない。少し不安が芽生える。こんな遠くに来て帰れるの? でも、もしかしたら私は他の人達より近場で探し続けていたのかもしれない。
契約する聖獣や、聖獣の世界と召喚師の間には相性がある。上役の人たちはそう言っていた。
――お願い。
私は直感に任せ、その世界の中へ意識の糸を伸ばしていく。中にはポツポツと大きな存在が感じられた。
すごい……。これが聖獣の世界なのね。
少し迷うが、なんとなく気になる方へ糸を伸ばしていく。妙な威圧感のある聖獣もいるし、少し柔らかい雰囲気を感じる聖獣もいる。正直何を選んでいいかわからない。
悩んでもしょうがない、その糸を一匹の聖獣に絡ませる。
――聞こえますか?
ガガッ。
反応がない。駄目なの? 私は更に呼びかける。
――聖獣よ、わが呼びかけに応えよ。
ガガッ……。
お? 糸の向こうで、聖獣が自分の呼びかけに反応したのが分かった。私の中に喜びと期待が広がる。
――聖獣よ。わが呼びかけに応えよ。我が名はスー・ラ・ゲ・ビョーク。
どうかしら。伝わったのだろうか。
――我と契約せよ。お主の名はなんぞ……。
ガガッ。
『ん? 名前か? 志摩。志摩周作だ』
聖獣が名を名乗った、その瞬間糸の色が濃く変わるイメージが浮かぶ。
――よし!
ピンと張られた糸の先は自分の体。その瞬間。私は聖獣に絡んでいた糸を思い切り引っ張った。
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