第4話 声
この学校で草刈りというと少し一般的なものと違う。
学内ダンジョンの周りには、ダンジョン内で生えている異界の雑草などが生えているのだ。
これは、ダンジョン内を歩く生徒たちの靴に、ダンジョンの雑草の種などがついて、それが発芽していると言われているのだが。本来は、このダンジョン産の雑草は魔力が無い地球では育たない品種なのである。
一体どういうことなのか。
ダンジョンは入口から、いや、その存在そのものから魔力が漏れ出ている。そのためダンジョンの周囲の土壌は、その漏れ出た魔力を吸って魔力が含まれているというわけだ。だから学内ダンジョン周辺では、この様に怪しげな雑草が大量に生えていたりする。
そのダンジョン産の雑草は、地球のそれとだいぶ違う。まずその硬さもかなりのものだった。地球の鎌などで草刈りなどしよう物ならあっという間に刃がだめになってしまう。
そのため、学内で使われている草刈り機にはダンジョン産の素材で作られた刃がついている。ダンジョン産の鉱物を使って、魔力を帯びている刃だ。
ダンジョン産の雑草は地球のものと比べても成長速度が異様に早い。就職して一ヶ月も経たないがもう何度目かの作業だ。そろそろ勝手も覚えた俺は、班の先輩たちの為に草刈り機の準備をする。
草刈り機の刃はダンジョン産の物だが機械そのものは昔から日本にあるレトルトなものだ。小さなガソリンエンジンで刃を回して草を刈っていくやつだ。
そしてエンジン用に混合ガソリンを作るのも下っ端の俺の仕事である。「去年までは俺がやってたんだ」と言う白井先輩が、エンジンにガソリンを補給していた俺に尋ねる。
「志摩、それはもう混ぜてあるのか?」
「大丈夫っすよ、完璧です」
ま、一応先輩として心配なのだろうな。ガソリンとオイルの混ぜ方も教えてくれたのは白井先輩だし。
全ての草刈り機のガソリンを満タンにして、俺は班の先輩たちに草刈り機を渡していく。白井先輩は、俺が準備した草刈り機を渡されてご満悦だ。
先輩たちは草刈り機を手にそれぞれの担当する場所へ散っていく。
ふふふ。
j実はこの草刈り機にも新旧はある。先輩たちにランダムに渡すような素振りをしながら、実は意識的に配布をしている。
というわけで俺の草刈りは新型の物だ。ロープをグッと引けば一発でエンジンがかかる。
ブルブルブル。
ふふふ。今日も調子はグッドだぜ。
少し暖気をすると、俺はアクセルを握り魔界の雑草に戦いを挑む。
……。
……。
◇◇◇
有資格者達はダンジョンでモンスターを倒すことで、いわゆるゲームで言うところのレベルアップの様な状況が起きる。
といっても、ゲームのように数字があるわけではないのだが、戦いを重ねるにつれ少しずつ身体能力などのベースが上がっていくのだ。
そのメカニズムに関しては完全には解明されておらず、まだ仮説の枠から出ていないのだが、いずれにしても多くのモンスターを倒すことで強くなっていくということだけは分かっていた。
そしてこれは用務員達の中でまことしやかに囁かれているのだが「長く用務員をやっていると、無資格者の用務員も少しだけ身体能力などが影響され良くなるっぽい」と言われているのだ。
と言っても、50歳くらいまで勤めた用務員が、同級会に出席した時「なんかお前若いよな」と酒のネタにされる程度の話なのだが。
その理由が、この草刈りじゃないか? とも言われているのだ。
探索者達は、無資格者達と比べて老化が遅いと言われる。それもレベルアップを重ねた上位ランクの探索者ほどそれが顕著に現れる。レベルアップをしていく事が老化を遅らせると言うことがまことしやかに囁かれる。
草刈りでダンジョン産の雑草を刈り続けることで、少なからず探索者達のレベルアップに近い反応があるのではないかというのだ。
そんなこともあり、用務員達の中でこの草刈り作業は、健康増進に良いと人気の仕事でもあった。
◇◇◇
ブルブルとエンジン音を響かせ草刈り機を右へ左へと動かしていく。
ダンジョン産の雑草は多肉植物の様な草が多く、狩られた草からは人の血の様な赤い汁が飛び散るのだ。草刈りの回転刃が、まるで生き物を惨殺しているかの様な絵を作り出す。まるで草達の悲鳴が聞こえるようだ。
はじめは気持ち悪くて仕方なかったが、この頃ようやく慣れてきた。
「くっくっく。草がゴミのようだ!」
「うるさいぞ白井!」
「す、すいません!」
少し離れた所で白井先輩も楽しそうに草刈りをしている。白井先輩に渡した草刈りは一番の旧型のやつだが、切れ味のメインはダンジョン産の素材でできた刃だ。赤い汁を飛び散らせながら嬉しそうに草刈りをしている。
慣れてきたと言っても、あそこまではまだまだ行けねえな……。
俺は顔をしかめながら草刈り機を動かしていた。
……ポッ。
ん?
……ポッポッ。
え?
……ポポッ ポポッ ポポポポポポポポポッ
「な、なんだこれっ!」
突然、俺の周りに怪しげな幾何学的な模様が浮かび上がる。それは明るさを不規則に変えながらもどんどんと大きく広がっていく。慌てて周りを見るが先輩たちは全く気がついていないかのように作業を続けてる。
――ます……か?
「え? 何?」
――聖……よ…我が……に……応えよ。
「応える。何に?」
わけがわからない。怪しげな模様はどんどんと広がり俺を囲むような円を描く。光はさらに増し、風が巻き上がる。
――聖獣よ…我が呼びかけ……よ。 我が名……スー・ラ・ゲ・ビョーク……
聖獣? 一体何の話だ?
――我と……契…せよ……。……お主の名は……なんぞ……。
よく分からねえが、名前を聞かれてるっぽいな。
「ん? 名前か? 志摩だ。志摩周作だ!」
俺が答えた瞬間だった。
俺を取り囲む光が、更に明るさを増していく。
そして。
俺の体は時空を飛んだ。
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