第3話 学校業務

 学校での日々が進んでいく中、しばし俺は生徒たちのモラルの欠如に辟易していた。


 用務員の仕事は際限なく現れる。なんにしろ、生徒たちはゴミ箱へのちょっとの移動すら面倒だと感じるようだ。

 ジュースを飲んで、そのペットボトルをゴミ箱に放る。それはまだ良いが、それが外れたらそのままなんだ。床に転がったまま「ちっ。外れたぜ」なんて言いながら拾わずにその場を後にする。


 手洗いや、トイレなどの水場の使い方もひどい物だ。毎日掃除をしているが、この傾向は学年が上になるほどひどくなる。


 ……


 昼休みに俺は校庭を歩いていた。目的は校庭で食事をしている生徒だ。食べ散らかした弁当や、袋の掃除も当然用務員の仕事になる。



「でさぁ。あいつボーンウルフ前にしてビビってやんの」

「ぎゃははは。ほんと、よく一高専に入ってこれたよな」

「まあ、魔力値と本人の資質が必ずしも一致するわけじゃねえからな」


 やはりいたか。学生たちは雑談をしながら俺の姿を確認すると食べ物をその場に置いて教室へ戻っていく。


 ――せめて「お願い」くらい言えねえかな。


 と言ってもこんな風景も珍しくないのがこの学校だ。俺はポシェットからゴミ袋を取り出して、散らばったゴミを回収していく。


 すると、後ろから声を掛けられた。


「志摩君、頑張ってるね」

「ん? おう、瑠華ちゃんじゃん。調子はどうよ」

「調子? まあまあかな」

「そっか。って。いいよいいよ。そんなことしなくて」


 瑠華は俺の横でサンドイッチの袋をひろうと、俺の持っていたゴミ袋に突っ込む。俺は少し驚いて瑠華を見ると、瑠華は次のゴミを拾うと再びゴミ袋にそれをいれる。

 俺の視線を感じた瑠華が俺の顔を見て笑う。


「だって、これって志摩君が食べたごみじゃないんでしょ?」

「そうだけどさ、俺はお金をもらって働いているんだから」

「うーん。でも、なんかなあ。ちょっと恥ずかしい気分もあるかな。……みんな入学した頃はちゃんと自分で片付けていたのにね」

「確かに今の一年生もまだそこまでじゃないな。ちょっとずつ先輩のやり方を覚えていってしまうんだろうな」

「うん……」

「ま、瑠華ちゃんは今のままでいてくれよ」

「え? うん。私は変わらないよ」

「おう。お、そろそろ授業始まっちゃうぜ」

「あ、大変!」


 時計を見れば、もう午後の授業が始まる時間だ。瑠華は慌てたように手にしたゴミを俺の持っている袋に突っ込むと、校舎の方へ駆けていく。


 うん。校舎に入る直前に一度振り返って手を振る瑠華が可愛い。

 あの子はブレなそうだ。


 ゴミを拾い終わると、俺は再び校舎に戻っていく。



 ◇◇◇


 生徒を導く教師たちも大概だ。

 用務員である俺達のことは、同じように召使のごとく扱ってくる。


 そんな教師を見ていれば、生徒たちもだんだんとおかしくなってくるのは当然だろう。


 ……。


 この日も俺はモップを片手に正美ちゃんと格技場へ向かっていた。


 この校内には場所場所にボタンが設置してあり、そのボタンを押すと、用務員の待機室の部屋でそれが知らされる。レストランで店員を呼ぶような気軽さで俺達が呼び出されるというわけだ。


「正美ちゃん。俺だけでも良いのに」

「一か月くらいはね、指導員が付いて行った方がいいかな。色々と覚えることも多いですからね」

「でも掃除とかばっかりッスよ。格技場ならどうせ汗で滑るから拭いてくれとかじゃないですか?」

「そう決めつけるのは良くないですね。もしかしたら窓ガラスが割れたから呼ばれたのかもしれない。一つの可能性に絞りすぎるのは良くないですよ」

「うーん。なるほど」


 さすがは俺達の班のチーフだけあって、手堅い。様々な道具が入った工具箱を手に格技室に向かう。



 俺達が格技室につくと、生徒が集められその前で教師が何やら剣の使い方についての説明をしていた。話をしていたガタイの良い教師が俺達の姿に気づくと、急に顔をしかめ大声で怒鳴りつけてきた。


「おい! そこの床にササクレが出来てるぞ。お前らは一体何をしてるんだ? 給料分くらいはちゃんとやれよ!」

「す、すいません! すぐに直しますので」


 その教師の剣幕に一瞬イラッとするが、それを察した正美ちゃんがスッと俺の前に出てすぐに教師に謝る。その後姿に俺は少しモヤモヤとする。


 授業を受けているのは一年の生徒だ。はじめはこういった教師の態度に新入生は面食らっていたが、そろそろ何人かの生徒は笑って俺達を見るようになってきている。



 ササクレと言ってもおそらく生徒が刃物系の武器で床を傷つけたりしてるんだろう。切られた床材が少しめくれ上がっているだけだ。


「交換の板、持ってきます?」

「いや、このくらいなら埋めてしまおう」

「ういっす」


 正美ちゃんはすぐにポシェットからナイフを取り出すと、手慣れた感じでガリガリとササクレ部分を削り、その部分をキレイにする。.

 キレイにすると、その穴に粘土のような物を詰めて、スパチュラで平らにする。きれいになるとポシェットから小さな機械を取り出す。


 魔力を放出する機械だ。この粘土は、魔力を照射されるとカチカチに固まる。やはりダンジョン産のアイテムだから高価なものなのだけど、この学校には十分に資金はある。

 このくらいの穴を埋めるならあっという間に修繕出来るし良いのだろう。


 粘土が固まったら紙やすりで表面をキレイにしてとりあえず完了となる。


 ここまで五分ほどの仕事だ。


「先生、お待たせて申し訳ありません」

「まったく。遅いぞ。生徒たちの一分一秒が、お前らの一年二年の価値があるんだからな」

「ちょっ――」

「志摩君!」

「だ、だけどさ」


 俺が不満げな顔をしてるのが分かったのだろう、教師はジロリと俺を睨む。


「ん? 新しい用務員か?」

「ああ、今年入社した志摩ってもんだ」

「お前の名前なんかどうでもいい。おい、こいつをちゃんと教育しておけ」

「は、はい。もうしわけありません」


 俺がなおも口を開こうとしたが、正美ちゃんが必死に俺を引っ張り格技室から出ていく。外に出ると困った顔で正美ちゃんが俺に言う。


「志摩君はこの学校で働いていくんでしょ?」

「そ、そうっすけど……」

「もう少し自分を押さえる練習をしてください。それがここでのいちばん大事なことです」

「でもおかしくねえっすか? 正美ちゃんがあんな言われ方する筋合い無いっすよ」

「それでも、ね、さ、今日は草刈りもしないといけないから……」


 こういう事はたまにある。俺も少し気が短い所があるからすぐに反応してしまうんだが、他の先輩たちは何を言われてもニコニコペコペコと言いなりになっていた。


 きっと正美ちゃんとしてはそういう俺が心配で目を離せない所もあるんだろうな。


 そう考えると、俺ももっと我慢しないととは思うのだが。


 難しい所だ。

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