第2話 先輩白井
入学式が終わり、俺は講堂の片付けをしていた。
一学年に約六十人。高専ということで、それが五学年ある。全校で大体三百名の生徒、プラス教師や、来賓者のためのパイプ椅子が用意されていた。
俺達用務員はそれを畳んで専用のカートにしまっていくのだが、そのカートのサイズがキツキツでなかなか苦労をしていた。
「ふんぬ! くっそ入らねえ!」
「あっ。志摩君。もっとそっとやらないと。いっぺんに入れようとするとズレちゃうから。一つづつこうやって丁寧に……」
そう言いながら、正美ちゃんは俺がまとめて放り込んだ椅子を一度取り出し、ゆっくりと丁寧に椅子をしまっていく。
確かに、俺がやっていたときよりきっちり椅子が収納されていく。
うーん。
俺はそれを見て、しまうのを任せて自分は椅子を運ぼうと決める。
「そいや! うぉ。意外と重い!」
「いやいやいや、志摩君。そんないっぺんに持たないでいいよ。始めは両手に一つか二つくらいでいいからっ」
む……。正美ちゃんに言われて周りを見れば、他の班の用務員の人たちは無理をせず、それでもスピーディーにパイプ椅子を片付けている。
なるほど。
俺は正美ちゃんの言うように運ぶ数を減らしてスピーディーに運ぶ。
……。
……。
用務員の人員は一校に対して考えれば異様に多く、全員で五十名。それを十名の班長の指揮の元で一班五人の班で分かれて仕事をしている。
そして、俺の班の班長は正美ちゃんだ。
昨日の初出勤の時に業務の説明はされた。用務員という名前だが仕事はかなり学校の下働き感が強い。だからこそこれだけの人数が居るのだろうが、俺達の主目的は「生徒達がいかに授業に専念できるよう動くか」が大事だと言われていた。
校内の清掃から始まり、校庭の雑草むしり、学内ダンジョン周りの整備、そこら辺ならまだ許せる。しかし業務は用務員と思えない仕事にまで及ぶ。授業終了後の黒板消し。学生の給食の用意と片づけ。
他の先輩たちの話によるとパシリ的な事を個人的に命じられる事もあるという。そして、よほどのことが無い限り、それは断ってはいけないと……。
先ほど生徒が俺にゴミをよこしたのも、良くある話の様だ。これは辞めていく用務員が多いというのも納得できる。
確かに有資格者というのは国の財源を支える大事な人材なのだろう。
しかし。これは酷い。
正直言って、今の日本では有資格者と、俺達無資格者の間に目に見えない壁がある。こんな教育をして有資格者を増長させてはその壁をより高く積み上げてしまう。
俺にはこの教育方針はかなり恣意的なものに感じてしまっていた。
……。
今日は授業がないため、入学式が終わると学生たちは早々と帰宅していく。
だが、俺たちはそうはいかない。明日からの授業のために色々と準備が有るようだ。その説明も兼ねて、用務員の第三事務所へ移動する。
用務員もこれだけ多いのだから、待機所もそれなりにある。俺たちの班はここ第三事務所を使うようになるようだ。他にも二班がここを使っている。
事務所に着くと正美ちゃんが俺に声をかけてきた。
「じゃあ、志摩君お弁当取りに行ってきてもらっていいかな?」
「弁当っすか。良いっすけど。どこにあるんすか?」
「そうだね、場所もわからないか……。じゃあ、白井君。志摩君を連れて弁当の届いているところに行ってきてもらって良いかな」
「俺ですか? フフ。了解です」
白井と呼ばれた。少し太めの兄ちゃんは俺の方を向くと妙に嬉しそうについて来いと言う。その背中からは、どことなくウキウキ感をにじませていた。
言葉づかいはちょっと上から目線で偉そうだが、特に悪意は無いようだ。この学校の用務員になって始めての後輩が俺らしい。なるほど嬉しいわけだ。
その白井先輩は楽しげに学校の説明をしながら校内の廊下を進んでいく。まあ、悪いやつじゃ無さそうだ。
「いいか。こっちの校舎が一年から三年の校舎だ、で、こっちが四年と五年の校舎だ。だけど、四年からは外部の実習が増えるから割と居ないことが多い」
「外部の実習? でもこの学校って、学校内にダンジョン有るんスよね?」
「確かに学内ダンジョンはあるけどな、ダンジョンっていうのは、ダンジョンごとに違いがかなりあるんだ。だからプロの探索者になるには外部の実地実習で色々なタイプを経験する必要があるんだ」
「なるほど……」
流石に用務員三年目ということもあり、ダンジョンに関しても詳しいようだ。話のように四年生と五年生は不在の場合が多いようで、俺達は一年から三年の教室の仕事が多いようだ。
俺達が隣の校舎へ繋ぐ渡り廊下を歩いているとき、前から数人の女生徒が歩いてくるのが見えた。
「お。白井~」
その女生徒達は白井先輩に気が付くとニヤニヤ笑いながら話しかけてくる。
途端に白井先輩が少しキョドり始める。
「や、やあ。もう学校は終わったんじゃないのか?」
「えー? なに、白井。あたしらの予定チェックして。ストーキングしてるの?」
「そ、そうじゃなくて。今日は午前中で終わりだって……聞いていたから……」
「へえ。でもさ。別にあたしらが何してても良いじゃんか」
「そ、そうだけど‥…」
「それにしても白井は、よくクビにならなかったねえ。マジで今年も居るんだ」
「く、クビになんてならないよ。はぁ。はぁ」
お。おお? ひでえな。女生徒たちは面白いおもちゃでも見つけたように白井先輩に絡む。ちょっと聞いててあまりにも失礼だ。
「ちょっ――」
「志摩!」
俺は少しムッとして言い返そうとするが、白井先輩はそれを認めず、黙って首を横に振る。
女生徒はさらに増長するように白井先輩を誂う。白井先輩は必死にそれに堪えているのだろう。段々と鼻息を荒くさせ、作り笑いでごまかそうと、口元がピクピクと跳ね上がる。
それを見た女生徒は露骨に嫌そうな顔になる。
「うわっ。また鼻の穴開いてるよこいつ」
「相変わらずキモいなあ」
「何で契約更新出来るの?」
最低だコイツら。でも先輩はこれに耐えろという。これが用務員なのか……。
言いたい放題言いながら女生徒が去っていく中、白井先輩はハァハァ言いながらうつむいている。これは、流石に心に来てるんだろう。心配になった俺はそっと背中から声をかける。
「だ、大丈夫っすか?」
「はぁ。はぁ。これがっ。大丈夫そうにっ。見える!?」
「え、ええ?」
白井先輩は紅潮した顔をだらしなくニヤけさせながら俺の方を向く。俺もその気持ち悪さに思わず後退りしてしまう。
「すぅ。……もしかして志摩君はちょっと羨ましかったんじゃないか?」
「え? いや、何が……?」
「何がって、マジかよ。変わってるな志摩君」
「変わって、ますか?」
「そらそうよ。給料もらいながらあんな美人にこんなに罵倒して貰えるんだぜ。はぁ。はぁ……。辞められねえよな」
「いやいやいやいやいや。無いっすよ。無いっす」
「そ、そうか?」
うぉ。本当に居るんだ。噂に聞いたドMってやつだよな。
俺は、同類とみなされる恐怖に思わず強めに否定してしまう。ちょっと自信たっぷりだった白井先輩だが、心の芯までドMなのだろうか、驚いたように俺を見つめる。
いや、驚くなよ。
「……えっと。……そういう人多いんですか?」
「んと、結構厳しい仕事だからな。残る奴らは割りと打たれ強いというか……」
「打たれ強いというか、打たれたそうっすよね?」
「え? まあ……」
「……」
俺はこの時、ほんの少しだけ、職場に不安をいだいた。
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