奴らは異世界を知らない。

逆霧@ファンタジア文庫よりデビュー

第1話 俺の入学式

 校庭では例年より早く開いたサクラが既に青々とした新芽を芽吹かせ、開かれた窓からはスッキリとした春の風が入り込んでいた。

 講堂の中では若干緊張をした面持ちの新入生と、その後ろに確たる自信をつけ始めた在校生。そして、壇上で髭を蓄えた壮年の男が新入生たちに向かいスピーチをしていた。


「今日ここに集いし君達は、選ばれた人間であり、日本の未来を担う重要な人材となる事は間違い無い……。一高専という、ただその卒業生と言うだけで世間から尊敬と羨望のまなざしを受ける事はもう確定している――」


 男の名は安部元綱。この日本に住んでいれば誰でも知っている、最強と言われる探索者の一人であった。


 新制第一高等専門学校。略して一高専の入学式では、未来への希望を胸に学生たちが壇上の英雄の言葉に聞き入っていた。


 そしてそんな生徒達の後ろで俺は、必死にあくびを噛みしめていた。



 ◇◇◇



 俺が生まれるだいぶ前の話だ。今から四十年程前、大陸のとある国で大爆発が起こる。反物質炉の実験炉での事故とされている。


 その爆発はすさまじく、国境近くで起こった事故は隣接する小国を消滅させるほどの災害を引き起こした。さらに、その爆発のエネルギーによって次元が歪むという事象が発生する。それは後に新たなる事態を引き起こした。


 世界各地に、次元のゆがみによる穴が現れ始めたのだ。


 その穴は『スポット』と呼ばれ、発生したスポットはその周囲の環境を取り込みながら異次元と融合しダンジョンという異界を発生させた。


 当然、全世界でダンジョンの探索、研究が進められる事になった。


 ダンジョン内からは異次元の不思議なエネルギーを含有する素材や、エネルギーの結晶などダンジョン産生物と言われる物が持ち出される。そして、その採掘を邪魔するように、ダンジョン内に巣食う異次元の生物が探索する人々の障害となった。それらの生物はモンスターと呼ばれた。


 全世界でダンジョンに関する研究が進む中、ダンジョン内に生息するモンスターたちは魔法と呼ばれるような超常的な力を持つことが判明し、物理攻撃のみでは対処できないものも現れ始めた。これによりモンスターへの対処が困難になり、人々はある程度の深さでダンジョンの探索が行き止まる。 


 そんな中。地球の人々にも変化が現れだす。


 『有資格者』と呼ばれる人間たちの登場だった。


 元々、ダンジョンの魔物探知の為に開発された「魔素計」というものに、まれに反応する人間が現れたことにより判明する。


 魔物だけが持つと思われていた魔力。それを内包する人間が現れ始めたのだ。


 その魔力を持つ人間は『有資格者』と呼ばれ、その有資格者に対する研究、育成は世界各国で競うように行われていく。結果、ダンジョン内のモンスターに対して抜群の能力を示す者が居ることが判明した。


 それから三十年以上の月日が経つ。


 有資格者たちの多くは探索者と呼ばれ、ダンジョン内の探索を生業とするようになる。命の危険もあるが、そこで得られるダンジョン産生物と呼ばれる物が高値で取引されるようになり、そして、それが国家の根幹にまで及ぶようになったためだ。



 我が国でも、国を挙げての探索者育成が行われ、高等専門学校。『新制国立有資格者高等専門学校』が国内各地に設立される。その中でも一高から五高までのナンバースクールと呼ばれる学校には特に秀でた能力の有る者が選ばれて入学してきていた。




 ◇◇◇



「ふぁぁぁ~」


 つまらないスピーチだ。選民意識丸出しで、学生へのスピーチとしてはいささか問題が有るんじゃないのか? こんなんだから一般人との間に壁が出来るんじゃないの?


 期待と希望を胸に入学式に臨む生徒たちの後ろで、俺達用務員はボーっとそのスピーチを聞かされていた。


「ぉ、ぉぃ」


 隣に立っている上司があくびをしている俺に気が付き、慌てたように小声で注意をする。まあ上司と言っても、俺も昨日が仕事始めだから、昨日初めて会ったおっちゃんではあるんだけど。


 おっちゃんの名前は児島正美。けっこう可愛い名前だ。


 俺は正美ちゃんにニヤリと笑いかけ親指を立てて合図する。


「大丈夫っス」

「こ、声が大きいよ、志摩君……」


 正美ちゃんは困ったように俺を見つめていた。


 ……。


 ……。


 まあ、どこの学校でも式典というのはつまらない物だ。テレビで見る有名人が壇上に立ったりするものだから、少し期待したが、俺には関係ない話だろうし。


 今年は五人の新人用務員が雇われてるというが、どいつもこいつも覇気の無い顔をしている。独立行政法人とは言っても「国立」の学校で、なんで俺みたいな高校を中退したような人間が入れるのかと思っていたが、このメンバーを見ればなんとなく理解はできる。


 覇気のある奴がいねえんだ。

 

 

 やがてようやく式典も終わる。式典の終わりに新任の教師の紹介が行われる。


 今年は有名な探索者が講師として赴任したようで会場は少しざわめていていた。その後に俺達新任の用務員の紹介がされる。けど、俺たち用務員を振り返って見ようとするやつなんて居ない。どうでも良い業務連絡のように、俺たち新人用務員の名前が連呼され、そのまま式典は終了する。


 用務員は生徒が講堂から出ていった後に、椅子などを片付ける仕事があるようだ。正美ちゃんに言われそのままの場所で待っていた。


 ぞろぞろと講堂から出ていく生徒たちを眺めていると、集団の中から一人の女生徒が列から飛び出した。何だろうと思っていると彼女は小走りにこっちに向かって来る。



「やっぱり志摩君だ。 え。なんで?」


 ん? だれだ? こんな美人、俺の知り合いに居たか?

 その女生徒を見ても俺の記憶の知人の顔と合致しない。しかし俺の名前はちゃんと知っているようだ。 ……まさか。俺の隠れファンだったりするのか? 


 女生徒は俺が不思議そうな顔をしているのを見て、困ったように手で丸を作りメガネのようにして見せる。


「ほら、ずっと三つ編みだったし私……あと。眼鏡もしてたから。中学時代は」

「……三つ編み? お? おお。もしかして瑠華ちゃん?」

「うん、そう。そう。あれ、志摩君って高校行ったんじゃなかった?」

「おう、行ったよ。半年くらいな」

「え。辞めちゃったの? だって志摩君の高校って超難関校じゃ……」

「そこら辺はよくわかんねえけどさ。まあ、あんま意味無さそうだったからさ。とっとと家から出て自立したかったんだよね」

「自立? へ、へえ……。で、でもなんでこんな所に?」


 まあ、確かに高校を早々に中退して働きに出てる元同級生を見れば、理解しにくいのだろう。しかも自分の通う学校の用務員としてだ。


「こんな所って言うなよ。瑠華ちゃんの学校だぜ?」

「う、うん。そうなんだけど……」

「ほら、ここの用務員になれば寮も有るし食事も出るんだ。給料はそんな高くないけど一応公務員だぜ? ま、最初は臨時職員だから五年しかいられないけど、役に立つ所を見せれば正規に雇われるらしいぜ。このおっちゃんみたいにな」

「え。わ、私?」


 話しかけられた正美ちゃんが再び困ったような顔で立ち尽くしている。そんな正美ちゃんを見て、俺は肩をすくめながら瑠華に笑いかけるが、その瑠華も同じように困ったような顔をしていた。



 瑠華は少し俺の方に顔を寄せ、声のトーンを落とす。


「志摩君、あの、あまり目立たない方が良いから」

「まあ、子供じゃねえしな。そんなはしゃいだりはしねえよ」

「そうじゃなくて。なんていうか、志摩君って何もしなくても目立つから……」

「そう? まあイケメンのサガってやつかな」

「そうじゃなくて……」

「俺に負けず劣らず瑠華ちゃんだって、超絶可愛くなってるよな。すげー目立ってるぜ」

「ひゃっ! な、なっ! ……なっ!」

「ひゃっひゃっひゃ。何その顔」

「そっそういう所だからっ!」

 

 恥ずかしそうに顔を真赤にさせた瑠華は、しばらく口をワナワナさせてフリーズしていたが、やがて大声で抗議をしてくる。


 いや、でも本当に美人だぜ。一年見ないだけで女性ってのはこんな変わるもんかね。有資格者としてレベルを上げることで肌艶も良くなるって聞くが、そういうのもあるんかね?


 その瑠華は顔を真っ赤にさせて煙を上げている。



 その時一人の男子学生が近づいて来た。


「どうした瑠華。知り合いなのか?」

「え? あ。うん……。なんでもないよ」

「なんでもないわけ無いだろ? あんな大声を出して」


 そう言いながらその男は俺の方をジロリと見る。少し険悪なオーラが滲み、慌てて瑠華が間に入る。


「ち、違うの、中学時代の同級生だったの」

「中学の? じゃあ同い年だよな。中卒か?」

「んと……」


 まあ、人が学校を退学した話なんてしにくいわな。気が利く俺は瑠華の言葉を続ける。


「高校は退学してきたんだ。いや、させられたんじゃねえぜ。自主退学だ。だから安心しな。不良とか、そんなヤバいやつじゃないぜ」

「……どうでもいい情報だな」

「そうかい?」

「ああ……。行くぞ。瑠華」

「う、うん」

「ああ。そうだ。お前、これ」


 男は去り際に俺の方をチラッと見たと思うと何かを放ってきた。

 受け取ったそれは……。丸めたティッシュだった。どう見てもゴミだ。


「え? なにこれ」

「用務員だろ? 捨てとけよ」

「……は?」


 ゴミを放るとともに背中を向け去っていく男子生徒に文句を言おうとした瞬間、正美ちゃんが俺の前に立ちふさがる。


「志摩君!」

「な、なんすか?」

「この学校の用務員は、そういう仕事もしなくてはいけないの。ね?」

「へ? だけど、ゴミ箱なんてそこら中にあるじゃないっすか」

「良いの。絶対に断ってはいけないのが私達の仕事なの」

「ちょっとよく分らないっすよ。学校でしょ? 生徒がゴミを自分で捨てられないなんて――」

「彼らはこの国の未来を背負っているんです」

「いや、それでもさ……」


 しかし俺は、必死に説く正美ちゃんを前に、何も言うことが出来なかった。

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