第9話 期待の猿

 俺は必死に力のコントロールをしながらその日を過ごした。レベルアップ症候群と言ってもそこまで過激に力が増えたわけでもない。意識をして生活すれば問題なく過ごせそうだ。


 その次の日、今日は土曜なので休みだ。

 土曜は基本的に休みになる。学校の行事がある時は出勤になる事もあるが、その場合も用務員全員の出席にならないことも多く、しばらく土曜の出勤予定が無いのは良いことだ。


 そんな休みの日、少し遅めに起きた俺は布団の中で昨日の事を悩んでいた。昨日のあれは何だったんだ? しばらくウダウダと思い返すが、あれはやっぱり夢じゃないと思ってしまう。夢というには色々とリアル過ぎた。


 作業着はあの後にまとめて回収され洗濯をしてしまっている為、結局血の確認までは出来てはいないが、あのブッシュタイガーと呼ばれる魔物を草刈り機で切った感触は確実に手に残っている。


 それ以上に実際に俺の体にレベルアップ症候群という形で残っているのが何よりも証拠にはなるのだが。


 といってもいつまでもベッドの中でウダウダしているのもな。


「ああ。飯……めんどくせえな」


 休みの日は用務員寮の食堂も閉まっている。俺は水道の蛇口をひねり、電気ケトルでお湯を沸かし始める。

 寮の部屋にはIHの小さいコンロはついているが、もっぱら食堂で食べるのでケトルでお湯を沸かしてカップ麺というのが俺の自炊のレベルだ。


 お湯を沸かしながら俺はスマホに手を伸ばす。


 おや……。四高専の五年生が、外部実習中にダンジョン事故……。三人も亡くなったのか。

 

 四高専というと、金沢校か。


 ◇◇◇


 新制国立有資格者高等専門学校は、その設立順から第一、第二と付き、第六有資格者高等専門学校までがナンバースクールとして特に優秀な生徒を抱えていた。


 次第に有資格者が増えていく中、高専のキャパも大きくなく、ちゃんとした探索者としての教育を受けてないままダンジョンへ入る探索者が増え得ていった。その結果多くの事故も増えた。


 国としても事故の多発は問題となる。探索者のための教育の場を増やすために、新しい高専を増やし、さらにもう少し簡単にダンジョン探索のノウハウを教えるための専門学校も斡旋して増やしたという流れだ。


 とは言え、そう都合よく育成にちょうどよいダンジョンが高専の専用ダンジョンとして利用できるかと言うと難しい。そのため六高専以後に新設された高専には学内ダンジョンはなく、ナンバースクールと分けて少しレベルの低い学校と考えられている。


 自校内で管理されているダンジョンを使うということは、それだけ事故も少ない。


 事故が少なければ人気も出て、優秀な生徒も集まりやすい。


 そういう事である。


 ◇◇◇


 金沢校はナンバーズだから生徒たちも相当優秀な部類だと思うが……。改めてダンジョンの危険さを思い知らされる。


 シュー。


 スマホに集中しているとお湯が湧いていた。俺はカップ麺にお湯をすすぐと、再び三分のタイムラグをスマホを眺めながら過ごす。


 ……。


 ……。


 カップ麺のお湯を飲み干し。俺はシャワー室に向かう。自室にシャワーがあれば楽なんだけどな。あいにくうちの寮は、共用のシャワー室があるだけだ。それもあり、先輩たちは休日はスーパー銭湯とか行く人も多い。


 今日は特に予定は無いが……。ほんと休日の過ごし方が難しい。パソコンでも買えば充実するのか? ボーナス出たらちょっと考えよう。


 


 備え付けのリンスインシャンプーで頭をゴシゴシと洗い、シャワーの蛇口をひねる。今日は力加減を間違えるようなことはしないぜ。


 それにしても……わざわざ金を払って風呂なんて行かなくてもシャワーで十分だよな……ん? 何か周りが妙に明るい気がする。俺はシャンプーを慌てて流し、目を開ける。


 ――へ?


 足元には金色の魔法陣が広がっているのが目に入る。


 その瞬間、俺は再びあのくらいトンネルの中へ落ちて行った。


 ……。


 ……。


 ◇◇◇


「本当に聖獣と契約できたの?」

「だから、本当だって言ったでしょ」


 母親はまだ信じられないようだ。その反応を見る限り、私が聖獣と契約できないと思い始めていたようで傷つく。毎日聖獣を探しに出かける私を、どんな思いで見ていたのかしら。


 まあ、種族の中で召喚師の適性がでない子も居るには居るのよ。それに適性があってもその能力にも幅があり、蟲の召喚までしか出来ない者も多い。

 ラ・ゲ族と言えども、全員が全員聖獣と契約できるわけではないんだ。


 娘である私をどうやって諦めさせるか、そんな事を考えていたのだろうか。十歳の頃からもう五年も聖獣を探し続けているが、契約どころか見つけることも出来ていないのだ。


 私が契約できた話をすると、母親は喜ぶそぶりを必死に隠す。多分嬉しいのはわかる。でも、これが間違いだったら自分の娘を糠喜びさせてしまう、などと思っているのだろう。


 父親も同じだった、嬉しそうな反応はするのだが、ちゃんと長老に確認してもらってからお祝いをしようと必死に顔をキリッとさせる。


 聖獣と契約した者は、村の長老に確認してもらい認定される。確かに認定してもらってからでも良いだろう。両親に目にもの見せてあげるわ。




 父親は村の仕事で朝から狩りに出ている。昨日、村の近くでブッシュタイガーが現れたのだ。朝から村の周囲の安全確認のために探索をするのだ。


 そんなわけで、母親が私の付き添いで村長の家まで付いてきた。


「朝からすいません……」

「なんのなんの、ブッシュタイガーをスーの聖獣が倒したと言うじゃないか。うんうん。いよいよスーも聖獣使いか。ワシも年を取るわけじゃ」


 そう言いながら、長老は、奥の部屋へと案内する。


「そう言えばスー。契約した聖獣はどんなのじゃ? 我が家のホールで大丈夫かのう」


 奥の部屋は、広くて何も無いホールだ。聖獣の確認の為に多くの若者がここに訪れる為、こういったホールが作られ、そこで召喚を行う。

 ただ、まれにだが巨大な聖獣と契約するものも居ないわけじゃない。長老が確認するのも当然だった。


「大丈夫よ。私と同じくらいの……猿? みたいな聖獣だったから」

「猿。じゃと?」

「そう、でも結構強いのよ! なんか変な棒みたいなやつで、ブッシュタイガーをあっという間にやっつけたの」

「変な棒……じゃと?」


 私の話を聞いて長老が目を見開く。一方で話を聞いていた母親が声を上げる。


「改めて本当に良かったわ……。聖獣を召喚できなかったら今頃……」


 昨日から何度も言われたことだったが、確かにあのとき聖獣が召喚できなければ、今私はタイガーの胃袋で消化されていたかもしれない。


 きっと、そういう場面だったから奇跡が起きたのね。神様が私に死ぬなと……。

 やはり私は持ってる女。


 そんな私達の横で長老がブツブツとつぶやく。


「そんな。まさか……。猿に、棒? ……まさか伝説の……」

「長老?」

「スー。その聖獣様の名前はなんじゃ? もしかしてセイテンタイセイ……とかいわんかったか?」

「え? えっと、ちょっと違ったと思うわ、たしか、シマシュウ……えっと。シマシュウタイセイ……だったかしら」

「シュウタイセイ……じゃと? いや。聖獣の言葉は我々では聞き取りにくい。やはり間違いない」

「そ、それはそんなすごいんですか?」

「すごいどころではない。当時セイテンタイセイを召喚した者は世界最強の名を欲しいままにしていたという」

「おお~」

「ラ・ダ族の召喚する神獣も、ラ・パ族の召喚する魔獣も、このセイテンタイセイにはまったく太刀打ちできなかったというから、その凄さはいかほどかわかるじゃろう」


 長老の言葉に二人は色めき立つ。


「ス、スー。貴女! でかしたわ!」

「フフフ。フフフフフフ。フハハハ! 長老! そして母よ! さすが私だわ!」

「おおお! これが村の未来を背負った召喚しの姿!」

「さあ、見せて頂戴! スー。伝説の聖獣の姿を!」


 こうして三人のテンションは最高潮に達し、スーが召喚の準備を始めた。


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