第6話 代償

 ゼウサス平原。

 名前の通り雷聖国ゼウサスの領土内である平原だからゼウサス平原。

 ミアギを探してもここまで平和でなだらかな地形であり、緑が生い茂っている場所はそうそう無い。

 少し離れれば森があり、川がある。動物、魔獣にとっても住みやすい場所である。

 ごく稀にクラス「級」相当が現れるが、戦闘力が「級」なだけであり、性格は温厚な魔獣ばかりだ。



 どこまでも続く平原。

 草は手入れされたように背が低く柔らかい。

 ところどころに木が生えており、木陰でピクニックでもしたくなるような穏やかさ。

 ゆっくり。ゆっくりと大地を踏みしめ、風で草木が擦れる音が鼓膜を撫でる。

 自分の生まれた世界の苦労、この世界に来てバタバタと忙しかったこと。

 疲れがすべて癒えていくようだ。

 心も自然と穏やかに...。


 「マスター!どういうことですか!」


 ウサの声に穏やかムードは消える。

 まぁ、元気なのはいいことだ。


 「なにが?」

 「マスターが上等レベルだなんて聞いてませんでしたよ!」


 先刻、ゴブリン10体の討伐を受ける際にしていた会話を思い出す。


 「俺も初めて聞いたからなぁ。すごいことなの?」


 てっきり怒っているのかと思っていたウサの目はキラキラと輝きながら応える。


 「もちろんですよ!全ての勇者は下等クエストしか受けられませんし、下等クエストでも命を落としてしまう可能性は大いにあるほど等クラスは危険なクラスなんです!」

 「あらら、じゃぁ気張ってかないとだね」

 「勇者に選ばれたと同時に上等クラスにも選定される...!こんな素晴らしい勇者様のお身元に就けるなんて...!」


 ハードルが止まる勢いを知らない。

 というより上げているのはウサだが。


 「むしろ...私なんかが就いていい人なんでしょうか...」


 不安か、プレッシャーを感じているのだろう。

 なにか気の利いた一言をかけるのが良いのだろうが、俺に優しくしなれていない。


 「俺はウサがガイドで嬉しいよ。だから、俺でよかったって思ってもらえるように俺も頑張るよ」

 「...!」


 緊張を解いてあげようと思っていたのになぜか意気込みを語ってしまった...。

 いやでも、何も声をかけないよりはマシだったか...?そうと信じよう...。


 「私...実はガイドとして落ちこぼれで...ガイドになれたのもギリギリだったんです...」


 ウサの耳は前に垂れてしまっており、明らかに落ち込んでいるのが分かる。


 「...続けて」

 「私がガイドになれたのは『固有能力』のおかげで...それも、後天性能力保持者で...。つまり、生まれ持った能力じゃないんです」

 「後天性だと悪いのか?」

 「いえ、逆です。後天的に発現した能力は優秀になりやすいと言われてるんです」

 「なら、良いんじゃないのか?」


 発言してから失言だったと気付いた。

 いい能力を持つことは良いことだ。

 だが、ガイドになれたとしたら。

 きっと惜しくもガイドになれなかった子からどう思われているか...。


 「そう...なんですけど...」


 ウサは話すことをやめてしまった。

 それは、目的地が近いことと関係が無いことは明白だった。


 「なぁウサ。ウサの固有能力は何なんだ?」


 生活、戦闘、旅を共にするならば知っておかなくてはならなかった。

 先程の話を引きずるようで申し訳なかったが、大切なことだと判断した。


 「私の能力は『無消費の治癒能力』です」

 「無消費?」

 「はい。本来治癒は、魔法であれ固有能力であれ何かを消費します。魔素・体力・血液・寿命などなど」

 「治癒ってやっぱりそう簡単にできるものじゃないのか...」


 血液や寿命を消費する例が出た時、魔法を使ったとして、魔素の消費は甚大なものだと予想できた。


 「ですが、私は何も消費しません」

 「本当に何も?」

 「はい。沢山のガイド仲間を治してきましたが、体の異常や体内の魔素量も何も変化が無かったんです」


 治癒=治す人の何かが削れる。

 その常識から逸脱した存在。


 「その代わり治癒が遅いとか?」

 「寿命を代償とした治癒には勝てませんが、そこまで遅くはありません。......その...強いてデメリットを上げるとするなら...」


 瞬間。


 ギャア!ギャアア!


 「え...あっ!ちょっと!私の杖返して!!!」


 いつからいたのか、後方から来た緑色の怪物にウサの杖がひったくられる。

 長い杖を持っていながら森の奥深くへ飛び移るように消えていった。


 「あ~、今のがゴブリンかな?」

 「早くてあまり見えませんでしたが、恐らく...」


 ひとまず追いかけるが、自分にとっては未踏の地。

 走って迷子になるなんてことは避けたい。

 ウサは杖を失い、より一層しょんぼりモードへ。


 「ひとまず杖探しだな」

 「ご迷惑おかけします...。杖の位置は私の魔素探知で追えますので...」

 「了解」



 当然と言えば当然だが、森の中は人工物や人の形跡、道なんかも無い。

 平原よりも圧倒的に高い草をかき分け何とか進む。


 「こんな時に聞くことではない気が致しますが...」

 「どした?」

 「マスターの固有能力は破壊とお聞きしましたが、具体的にどんな能力なのですか?」


 そういえばウサには「破壊の能力」としか言っていなかった。

 ウサの能力を聞き出しておいて自分の情報を明らかにしないのは良くない。


 「触れたものを破壊するんだ。なんでも、どこまでも破壊できるが、破壊した範囲や破壊力に応じて腕や体も壊れる。家の一つ破壊する程度なら指一本骨折くらいで済む」

 「すごい...」

 「だが、逆に言えば触れられなきゃ破壊出来ないし、長期戦は苦手だ」


 ウサはキラキラした目で自分の主を見る。


 「素晴らしい能力です!怪我しちゃうのは...ちょっと不安ですけど...」


 どもまでも主人の心配をしてくれる。

 自分にとっては慣れっこだが、確かに普通に生活していて負わないような怪我はしょっちゅうだ。


 「あぁ、あと...」

 「他にも...!」



 「破壊衝動が抑えられない」



 ウサの歩みが一瞬止まった。

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破壊衝動を抑えられない俺でも勇者はできますか? おばけのゆ~れ~ @obake_no_yu-re-

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