死後の執行猶予

愛和 晴

第1話 来由

「ダンッ」


矢が20のトリプルに突き刺さり、的が大きな鈍い音を鳴らした。家族旅行なんてものはほとんど行ったことが無いが、この別荘にはあらゆるレジャーが揃っていた。ダーツ、麻雀、ビリヤードと、誰とやるのか分からないが、メジャーな室内遊びは大体置いてあった。一人で楽しめるものはこれくらいしかなく、三本投げては取りに行くを繰り返している。


だだっ広いプレイルームには、疲れ果てて椅子にもたれかかっている小学生の男の子もいた。5時間前まではこれでもかと言わんばかりに騒いでいたが、今はその気力も尽きたようで、大人しく眠っている。


「ダンッ」


ルールも知らないし投げ方も自己流だが、20のトリプルにまたも当たった。


投げきった矢を回収するために立ち上がり、まとめて掴みあげ、引き抜いた。そして今後のことを考えながら、ゆっくりと大股で戻り、飾り気のないロッキングチェアにゆっくりと腰を掛けた。


「ううんっ......」


眼を覚ました様子の男の子は、顔をゆっくりと上げた。目が隠れてしまっていたが、寝ぼけた様子は伝わった。


流石にそろそろ何かしようかと思い、少し勢いをつけてロッキングチェアから立ち上がると、座っている男の子に向かい合うように配置された、黒く縁取られた悪趣味な椅子に、そのまま腰を下ろした。


脇に置いてあった箱からダーツの矢を一本取り出す。人差し指と中指の間に挟み、間髪入れずにアンダースローで繰り出した。


しなった腕から飛び出た矢は、綺麗に下向きに弧を描きながら、例の男の子の方へ滑らかに翔けた。


目隠しをされて手を縛られている男の子に避ける術はない。


矢の勢いは衰えること無く、15メートル先の男の子の口腔内に吸い込まれていった。


当然口から血が溢れた。それでも男の子は泣き叫ぶでもなく、ただ嗚咽をもらしただけだった。矢は舌を貫いて喉奥に固定されており、満足に声を発することも出来なくなっていた。


その愛おしいまでの無力さを横目に、二本目の矢を手に取り、人差し指と中指の間にセットした。


投擲。


今度は直線的に。狙い通りに眼窩を抉った。


つい数時間か前までは小学生特有の甲高い声を響かせながら助けを求めていたが、この計り知れない激痛に対してはただ唸るのみである。


今日は矢が走っている。しかも的までもが良い具合だ。我慢強すぎず脆すぎない。保健所の子猫のような、この儚さの絶対性に琴線が触れる。


稀に訪れる謎の全能感のようなものに酔いしれながら、三本目の矢を手に取った。


利き手ではないサウスポーのサブマリン。残った右目めがけて放って矢は、目隠しの布を撫で、呆気あっけなく突き刺さった。


意識が飛んでしまったのか、悲鳴をあげることもなく、未熟な四肢の先が痙攣けいれんしていた。


儀式は終わった。残るは後処理だけ。魂が抜けたあとでも、命を消耗させていた証は見て取れる。一種の芸術作品として残して置きたいくらいだが、わずかに残る理性でそれを諦めた。


「これ残して警察に捕まったら大変だからな。証拠は消しとかんと。」


どんな趣味でも準備と後処理が一番大変である。しかしこの時間までも楽しめることこそが、その趣味への愛の深さの証明となる。


ついさっき起こったことを文字通り、意図的に脳裏に焼き付けるため、余韻に浸りながら、出来事を思い出す作業を行う。


文章や写真に残せないならば、直接心に彫るしかない。


そんな中、記念すべき108人目の感傷に耽っていると、少々うるさすぎる呼び鈴が別荘全体に響き渡った。


ミニバンを家の前に停めているし、家の明かりも着いている。居留守が確実にバレてしまうだろうが仕方ない。今出るわけには行かないのだ。


それでも訪問者の素性は確認しておきたいと思い、窓に近づくのは得策ではないため、忍び足で階段をゆっくり降りて、玄関に向かうことにした。


まだ呼び鈴が鳴り止まない。


床をきしませないようにしながら前進する。

ドアスコープを覗くため、白く大きな扉に身体をへばりつけ、目を近づけた。


逆光で分かりづらいが複数人確認できる。


複数人で来るものと言えば、思いつくのは限られる。



「......警察か?」


天網恢恢てんもうかいかい疎にして漏らさず。絶対にバレない悪事などないのである。




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