そうして、長い時が経った。あの出来事はやがて形を変え、この村の教訓として語り継がれることになった。やはり、怠けてはいけないのだ。自ら作ったものだからこそ、価値があるのだと。森の魔女には近づくな。それは怠惰な人生の始まりであるから。もし他の手を借りて怠けたものには、罰が当たる。ちょうど、あの悪賢い男のように。

 アイラもすっかり歳を取り、杖なしでは生活できなくなった。彼女の孫にも、あの話は伝わっていた。毎日、彼女は幸せだった。しかし、死が近づくにつれて、「魔女」のことが頭をよぎるようになった。ある日遂に、彼女は森へ「魔女」を探しに行った。

 それは老体には厳しい道のりだった。杖を小刻みに動かし、何とか倒れないよう、苔の生えた地を行く。彼女はどんどん歩き続けた。どんどん深く潜り続けた。いつかの日、村人の松明がそこで揺らめいていたであろう場所、その奥まで彼女は行った。そうして、あの小高い丘についた。その場所の木々はすっかり朽ち果てて倒れており、今は切り株が残るだけだった。そのうちの一つに、小屋の傍の切り株に、「魔女」は座っていた。あのときと全く変わらない姿だった。つば付きの三角帽子を深く被り、アイラに背を向けて、村を眺めている。そして、アイラの前にはもう一人、別の老人がいた。剣を両手に握った男で、その足をぶるぶると震わせながら、「魔女」へと忍び足で近づいてゆく。彼女はその老人をどこかで見たような気がしたが、思い出せなかった。老人は「魔女」の真後ろまで来ると、自分に背を向けているそれ目がけて、剣を振り下ろした。ドン、と鈍い音がして、剣が「魔女」の肩に右肩に深々とめり込んだ。老人が剣を引く抜くと、「魔女」は地面へばたりと倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。鮮血が、青い丘を流れ落ちてゆく。老人は黙って肩で息をしていた。アイラも黙っていた。しばらく経って、老人は剣を右腰の鞘へと戻し、振り返らずに前進し、丘の向こう側へと消えていった。

 アイラは老人が言った後も黙っていた。次にどんな行動をとるべきか、決めかねていたのだ。すると、丘に建つ小屋のとがギイーっと開いて、笑顔とも無表情ともつかない「魔女」が出て来た。そのまま切り株に座って、また村を眺めた。「魔女」の死体は、相変わらず地面に、「魔女」の足元に転がっている。アイラは切り株に近づいた。興味はあったが、小屋の扉は開けないことにした。

「私を覚えている?」アイラは「魔女」に問いかけた。

魔女は村を眺めている。

「『魔女』や、私を覚えているかどうか、答えてほしいの」

魔女は後ろを振り向いた。アイラの顔を見つめると、笑顔を浮かべて言った。

「えぇ」

アイラにはそれが嘘だと、いや、その発言に真実など無いと感じ、来た道を戻り始めた。魔女はずっとアイラの方を向いていた。

 その数か月後、アイラは死んだ。村人たちは依然として、自分達の作物に根拠のない自信を持っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪い魔女の言い伝え トロッコ @coin_toss2007

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ