また次の年が来た。この年、村を一組の旅人が通りがかった。少年と青年だった。二人は魔女が杖を振るい、村に豊作をもたらすのを目撃した。青年はこの光景に度肝を抜かれ、「魔女」を追いかけて、その技術が男の物であることを知った。青年は男に「魔女」の作り方を教えてくれと願った。男は断ったが、青年は何日も何日も彼の下を訪れては頼み込んだ。遂に男は折れて、青年に「魔女」の作り方を教えることにした。今年は行方不明者が出ないまま、収穫祭が始まった。男と「魔女」が今年も中心に陣取り、その隣に今年は青年と少年が座った。彼らは大事な客人として、祭りに招待されていた。宴が始まり、焚火から炎が上がった。青年は「魔女」を使って、世界から飢餓を無くすのだ、と酒を呷りながら語った。村人たちと男はその夢を大いに讃えた。宴が盛り上がる中、少年だけはこの状況に納得がいかなかった。自分たちは旅をしていたのでは無かったのか? 「魔女」に夢中になり、青年は全く自分を気にかけてくれない。彼に対する不満が、少年の口をつついた。

「別の人に任せるより、自分で作ったほうが絶対美味しいよ」

村の人々はこの発言が聞こえていないように見えたが、それは思った以上に深く彼らの心に突き刺さっていた。

 収穫祭が終わった次の日、青年が消えた。村人たちは総出で彼を探したが、どこかそれは「形式上のもの」のように少年には感ぜられた。青年に最も長い時間接していた男は疑われもせず、少年に嫌疑がかけられ、彼は一人で村を追い出された。彼の背中をアイラはじっと見ていた。傍らには「魔女」がいた。「魔女」も彼の背中をじっと見つめていた。気のせいだとは思ったが、アイラはそれが別れを惜しんでいるように見えた。「魔女」との会話は全く障害なく、人間とのそれと同じように行えるようになった。未だ、会話を開始するには、男の命令が必要だったが。

 次の年になった。表面上は何も変わらない新年に思えたが、村人たちの心の中では、少年の発言が反響し、日増しに増幅していった。村人の一人があるとき、自分達で作った作物の味を思い出し、それが「魔女」のものよりも美味しかったはずだと考え始めた。彼がその考えを他人に打ち明けると、その考えはすぐ村中に広まった。村人たちは、男に「休暇」を提案した。その間にコッソリと自分たちの手による農業をもう一度やってみようと考えたのだ。男はその提案を飲んだ。ちょうどこの村にも飽きていたのである。男は村を出て、旅に出た。「魔女」には「村以外の場所に行きなさい」と命令した。「魔女」は村の傍の森に入った。そして、その中に小高い丘を見つけた。古い石造りの小屋がそこに建っていた。その傍に「魔女」は直立したまま、じっと村を眺め続けた。

 その年は、どこの村も豊作で、それはこの村も例外ではなかった。村人たちは二人抜きの収穫祭を執り行った。焚火が灯され、宴が始まった。料理を口に運んで、よく噛みしめる。皆の頬を幾筋もの涙が伝った。やはり、我々は間違っていなかった! 我々は今まで、あの男と「魔女」に騙されていたのだ。あぁ、少年よありがとう! 我々の目を覚まさせてくれて! やはり、我々の手で作るべきだったのだ! 思えば、「魔女」の作物はどこか「紛い物」という印象が抜けきれなかったような気がする。いや、そうだ。そうに決まっている。その証拠に、「魔女」が不在のこの時にここまで美味しい作物が収穫できたではないか! 紛い物が作ったものは、所詮紛い物でしかない。人間の手によってしか、美味しいものは作り得ないのだ。人々は口々に言い合った。アイラも料理を食べた。しかし彼女には例年以上の感動をもたらさなかった。

 その様子を相変わらず「魔女」は丘の上から眺めていた。あの大きな焚火が周囲の家々の影をどこまでも大きく、大きく伸ばしていた。

 そして年が明けて、男が帰って来た。村が静まり返っているのを不思議に思いながら、村の中心へと歩みを進めた。すると突然、農具を持った村人たちが飛び出してきて、口々に悪罵の言葉を吐きながら、彼を滅多打ちにし、滅多刺しにした。彼の体は別々の肉塊となり、地面に転がった。数人の村人がそれを拾って馬車に乗せ、近くの川に捨てた。魚がそれを食べようとピョンピョン水面から跳ね上がった。

 「魔女」は村人の手から逃れた。皆、「魔女」が森にいることまでは把握していたものの、正確な居場所を知らなかったのである。

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