悪い魔女の言い伝え
トロッコ
1
村中からかき集めた子羊と、一人の少女を生贄に、とある男が「魔女」を作った。男が命令し、「魔女」が杖を一振りすれば、枯れた泉は再び湧き上がり、畑は金色に輝くのだった。村の人々はその光景を見て、手を叩いて喜んだ。天国のようだと叫ぶ者もいた。子羊と少女の誘拐で怒り狂っていたはずの彼らは、よそ者である彼の過ちをすぐ帳消しにした。
村人たちは男と「魔女」を村の収穫祭に招待した。村の中心の大きな広場に設置された樫の大きなテーブルを囲んで、採れた作物を皆で頂くのだった。
男と「魔女」は村の広場へ赴いた。既にテーブルが用意されており、その上には村で採れたライ麦で作ったパンと、さまざまな野菜や野山の動物の肉を使った料理が並べられていた。テーブルの向こう、広場の中心には、大きな丸太が組まれて置かれていた。宴が始まれば、そこに火が灯されるはずだった。村人たちは二人を真ん中の席に案内した。続々と人々が集まり、日が完全に沈む直前に、男が代表して乾杯の音頭を取って宴が始まった。丸太に火がつけられ、ゴウゴウと燃える炎が星の見え始めた夜空にそびえ立っている。彼は野イチゴのジャムを塗ったパンを頬張り、笑顔で村の人々と談笑した。テーブルのそこかしこに豊かな小麦の風味と笑顔があふれる。しかし、「魔女」だけは違った。彼女は椅子に座って膝に手を置き、ただじっと前を見つめていた。何にも手を付けなかった。目の焦点はどこにも合っておらず、何かに意識を向けているような気配もない。口角は上がっていたが、目は笑っていなかった。笑っているとも無表情とも言えなかった。そんな顔の片側が炎に照らされてギラギラと輝き、反対側には濃い陰を落としていた。
村人たちは「魔女」の様子を不気味に思った。男は、村人たちがときどき後ろの「魔女」へ不安そうな視線を向けることに気が付くと、「魔女」の耳元で囁いた。
「『魔女』や、笑って、楽しそうに食事をなさい。」
すると「魔女」は目の前のパンを強く掴んだ。そして野イチゴのジャムを塗ると、口いっぱいに頬張り、笑顔でそれを咀嚼した。少女を思わせる、柔らかく無邪気な笑顔だった。しかしよく見ると、口角は釣り上がり、目は不自然な弧を描いていた。そう考えれば、不気味な笑顔と言えなくも無かった。
次に男が言った。
「『魔女』や、」男は一人の村人を指差して言った。「この方と語らいなさい。楽しそうにですよ。」
「魔女」はそうして、彼女は男と一人の村人の雑談に参加し始めた。少しぎこちない会話ではあったが、受け答えは問題なくできていた。「魔女」は再びパンを掴み、ジャムを塗って口に運び、咀嚼する。パンを掴めば、必ずジャムを塗り、笑みを浮かべて咀嚼した。宴は何の障害も無く進行していった。
ところで、この宴の間中、「魔女」をじっと見つめている一人の少女がいた。彼女は生贄にされた少女の友人だった。遠くの席から、「魔女」を見つめて黙っていた。彼女は「魔女」の笑みの中に、友人の面影を感じ取っていた。席からゆっくりと降りると、「魔女」の席に近づいた。彼女はその瞳を覗き込んだ。「魔女」の口がフッと閉じ、瞳だけが動いて、少女の姿を捉えた。やはり、笑顔とも無表情とも取れない顔だった。
「おぼえてる? アイラだよ」少女は「魔女」に問いかけた。「魔女」は彼女を見たまま黙っていた。
「失礼、お嬢さん」男が口を挟んだ。「『魔女』は『言葉』を持たないのです。」言葉、と言う部分を強調した。
アイラは男に視線を移した。顔に浮かんだのは、この男が何を言っているのか、全く理解できないという無表情だった。
「だから、命令してやる必要があるのです」男は言った。「『魔女』や、この子と語らいなさい。」
すると「魔女」は彼女に向き直った。つば付きの三角帽子から、紫色の瞳が真っすぐ少女を見つめていた。「魔女」はその口から素晴らしく甘くて優しい言葉を吐き出した。少女にはそれが不気味で仕方なかった。
次の年になった。魔女の一振りで、今年も豊作だった。二人はまた収穫祭に招待されることになり、村人たちは料理に精を出した。祭りが近づいてきたある日、一人の女性が失踪した。とある一家の母だった。村の人々は総出で彼女を探した。村の周辺をくまなく捜索し、深い森の中ですら松明を片手に昼夜を問わず探索した。アイラは足手まといになるからと調査に参加出来なかったので、森の中を幾つもの赤い灯りが揺らめくのを家の窓から眺めていた。結局、女性は発見できず、嫌な雰囲気のまま、収穫祭が行われた。しかし、それも少しの間に過ぎなかった。そう、彼らは今この村に降り注いでいる「幸福」を思い出したのである。村人はこの大豊作を、幸福を、二人を、祝福した。アイラはこの年も二人の席に近づいて、男に命令するようお願いし、「魔女」と話した。アイラは話している間、前はあった「魔女」の会話や笑顔のぎこちなさが少し軽減されているような気がした。
次の年になった。やはり、今年も豊作だった。収穫祭が企画され、二人もしっかり招待された。しかし残念なことに、今年も行方不明者が出た。とある家に住むお調子者の男である。村人は前年と同じように総出で老人を探した。しかし結果は前年と同じだった。そして、前年と同じように収穫祭で皆は元気を取り戻した。アイラはまた二人に近づいて、男に命令するようお願いし、「魔女」と話した。今年は何の問題も無く、円滑に会話を進めることが出来た。しかも、「魔女」は趣味の話を持ち出すようにもなり、会話中に身振り手振りを増やすようになった。アイラは驚いた。
次の年になった。言わずもがな豊作であり、行方不明者が出た。そして、収穫祭に二人は招待された。「魔女」はアイラを顔色一つ変えず、「友人」と呼んだ。
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