自動販売機の戯言
ねぇ、知ってる?
なんて、聞かれても知らないわよね。でも聞いてほしいのよ。お願いね。
チャリン
あら、今日も来たわね。ふふっ、貴方はいつも決まって夕日が顔を出す頃にやって来るわよね。夕日を見上げながら私のところに来る貴方は、少し格好つけているようにも見えるわ。でも違うのよね。貴方はただ純粋に夕日に見惚れているのよね。分かるわ。貴方の目はいつも澄んでいて私には眩し過ぎるもの。
ピッ
貴方が選ぶのは、決まってメロンクリームソーダ。ふふっ、もう。これを飲むもの好きさんは貴方ぐらいよ。でもね。定期的にやって来る彼。メロンクリームソーダが減っているのを見て、最初は意外そうに目を見開いていたけれど。最近はそれを見る度に少し微笑んでいるのよ。私、貴方に嫉妬してしまって。彼が慌てて宥めてくれたのは今となってはいい思い出ね。
ガコンッ
だから大丈夫よ。貴方のために、今日も私が大事に抱きしめておいたから。なんて。ふふっ、冗談よ。ちゃんとキンキンに冷やしておいたから。安心してちょうだい。メロンクリームソーダが好きな貴方のコト。私と彼だけは、ちゃんと知っているからね。
なんて、ごめんなさいね。分かったようなこと言っちゃうなんて、私ももう若くないわね。ごめんなさいね。時々吐いてしまうこんな言葉の数々は。戯言とでも思っていてちょうだい。
ザッ
もう行くのね。いつもその場では飲まないで去って行く貴方。そのメロンクリームソーダを持って。一体、どこの誰と時を過ごすのかしら。なんて、妄想が過ぎたわね。
また会いましょう。私はずっと、ここで待っているから。
ピッ
最後に。私の戯言に付き合ってくれる数少ない貴方へ。いいえ。貴方はきっと私の戯言なんて聞こえてはいないでしょう。それでもいいの。それでいいの。ただ一つだけ覚えていなさい。ここに。確かに。貴方を想う女が一台、いるってこと。
ガコンッ
私はどこへも行かないわ。だから、貴方はどこへでも羽ばたいていくと良いわ。きっと、貴方がここへ戻ってきた時。私は少し歳をとってしまっているかもしれないけれど。変わらないまま。私はここに立っているから。
勘違いも甚だしい、くだらない戯言を吐きながら、ね。
――――――――――
「あれ、ここの自販機なくなっちゃったんだ」
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