第42話 秋坂ゆえ先生との公開スパーリング?
秋坂ゆえの脳内倉庫
https://kakuyomu.jp/works/16818093073536909913
「永遠に美しい彼」
https://kakuyomu.jp/works/16818093073536909913/episodes/16818093073656474378
人の作品に触れることはとても良いことだ。自分にはない価値観や思想を学ぶことができる。なによりも作品から刺激を受けることで、「わたしももっと小説を書きたい」というモチベーションがふつふつと沸いてくるものである。
さて本作の著者はライターとして活動していた方であるから、遠慮する事無く、思う存分感想を書くことができる。久しぶりに楽しい時間が過ごせそうだ――。
なんて大げさな書き方をしてからスタートしてみましたが、要はわたしの感じたことに対して、秋坂先生にご回答いただこうという主旨で書いてみたいと思ったのです。
お互いに引用の許可を取り合っているので、わたしの作品もいつか秋坂先生にボロカス言われる可能性がある、いやむしろそれを楽しみにしているので、よろしくお願いいたしますね(笑)。
与太話はこれくらいにしておいて、わたしが「永遠に美しい彼」を読んだ感想をば。
まずはこの話が「対比構造」なのか「同列構造」なのか区別がつかないということを感じました。「俺」が「アイツ」を羨んでいたり憎んでいるという対比だけではなく、「俺」が「アイツ」に影響与えていたという、自慢や見栄のようなエゴが混ざっていて、読者としてがどう捕らえてよいかわからなくなってしまったのです。
では「同列」なのかというと、”同士”のような同等性を持っているわけでもない。これは意地の悪い作家としての視点であるかもしれませんが、「俺」のどの感情にしがみついて読んでいけばよいのだろうか、と疑問になったのです。
終盤で「アイツ」への喪失感や憧れのようなものを口にしてはしていますが、「アイツ」に対する感情がいまいちわからないのです。
もしかしたら「アイツ」はもう一人の自分のことなのかもしれないと思いました。しかし、それしにしては愛憎を感じないのです。「アイツ」に対してどこか突き放した感じがします。それでいながら「俺」は「アイツ」にコピー元であることを暗に誇りにしている。このあたりは男性作家にありがちな「無意識下での対人への序列意識」が働いているような気がしました。人との係わり合いに女性作家のような同等な者へのしなやかさを感じないのです。
もう一つの考え方として、「同化」というのがあります。「アイツ」は「俺」のコピーであり、「俺」も「アイツ」のコピーであるというどこかアイロニカルな話です。こう捕らえると、「俺」の「アイツ」に対する希薄な愛憎関係には説明はつきます。
とにかくいろいろ解釈しながらも、「俺」は「アイツ」をどう捕らえているのかの「芯」をわたしはついぞ見出せなかったのです。
それってズルくねぇか? おまえは俺の鏡だったんだぞ?
この一文だけ読めば、「俺」の「アイツ」に対する思慕のようなものを感じますが、「俺」は主体的に「アイツ」に影響を与えています。コピーや鏡であることは言葉上は理解できても、「俺」の感情的の変遷のラインが浮かんでこなかったのです。
なにかやたら「カラんでいる」ような書き方になってしまい申し訳ありませんが、「俺」がどういう気持ちで「アイツ」を思っているのか、その内容ではなく、「感情」を知りたいと思った次第です。
お時間がありましたら、このあたりの回答を「脳内倉庫」でしていただければ幸いです。
(犀川よう拝)
※秋坂先生へ。
秋坂さんが相手ですとすごいストレートに聞けて楽しいなと思いました。最初BLかと思ってしまったのが、わたしの解釈の失敗の始まりかも知れませんことを書き添えておきたく思います。(2024.3.14)
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