「永遠に美しい彼」

「俺だって昔は、美しくないと生きる価値なんてないと思ってたしね」


 なんてアイツは言ったが、まああの容姿じゃそう考えちまうのも無理ねぇか。俺と出会った時はまだ十三、四で、学校中から見物人が来るほどのまごうことなき『美少年』だったからな。



 変な縁で俺とつるむようになって数年後、アイツは冒頭のようにこぼした。多少耽美主義に走ってた鋭敏なティーンエイジャーだったアイツの友達はギターと本と俺だけ。成長するにつれて儚げな要素も薄れ、所謂『フツーのイケメン』になったアイツは、自分の美しさに固執していた分それを悲観した。


 なまじ素材が良いもんだから俺と違って女には苦労してなかったし、周囲にも明るく振る舞っていた。少なくとも表面上は。


 けどアイツが抱えてた闇は深く、俺と居る時だけはマネキンのような顔で虚空を見つめていた。俺は看破していた。奴が周りに接する時の口調・仕草、それらが俺の『コピー』だという事を。


「おまえはそうやって人格コピーして演じることしか出来ねぇのか」


 俺が言うと、奴は飛びっきりの作り笑いで答えた。


「だって、こんな俺に、他に何が出来る?」



 アイツが音信不通になって三年になる。


 俺はアイツを大事に思っていたし、それなりの信頼関係は築いていたつもりだった。しかしある夜、いつものように深夜三時にアイツのアパートに行くと、部屋はもぬけの殻で、実家に連絡しても通じなかった。ホントに唐突に、消えやがった。



 最後に会った時、俺はアイツを街に連れ出して、洋服やら靴やら何やらコーディネイトしてやり、馴染みの美容師に頼んで髪型や色もきれいにしてやった。


 照れ笑いするアイツは、間違いなく美しかった。


 そしてそのまま俺の前から消えちまったもんで、俺の中でアイツは永遠に美しいままだ。


 それってズルくねぇか? おまえは俺の鏡だったんだぞ?


 外見はさておき、俺らは実際よく似てた。俺はアイツと接する事で自分の存在を認識出来ていた。アイツが消えた時の俺の狼狽っぷりときたら、今でもお笑い種だ。


 しかしまあ、人間ってのは案外無責任な生き物のようで、アイツ無しで俺は今日も生きている。自分でもビックリだけどな、半身を失ったも同然だったのに。



 アイツに自覚は無かっただろうが、奴が一番美しかったのは美少年時代でもイケメンの人格コピー時代でもなく、俺の前でマネキンの如き無機質な顔でタバコを吸ってる姿だったよ。少なくとも俺にとっては。


——なあ、美しくなくても、生きてる価値はあるか?


 もしアイツが生きてるなら、今の俺はそう問いたい。

                           (了)

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