お似合いですね

お似合いですね

ホームレスになって二週間。

及川が、駅構内の柱を背に座っていると、周りの人間は冷たい目で通り過ぎる。

「何で俺がこんな目に……」

今まで教師として真面目にやってきたのに少し生徒を殴っただけで懲戒処分。鬱憤を酒で晴らしていたら、妻と子供も出ていった。貯金もなくなり、あっという間に路上生活。

 俺は〝指導〟してやっただけなのに。

「すみませんが、駅構内で寝られるのは」

「うるせぇ!」

 若い駅員の声に反射的に言い返す。怒鳴り声が駅に響いて、近くにいた子供が怯えた目で及川を見る。

「……先生? 及川先生じゃないですか?」

「あ?」

 駅員が帽子をとって「加藤です」といって微笑む。

その色白で整った顔立ちは見覚えがあった。

「なんだ、お前か」

及川が担任の時に教え子だった加藤は、運動音痴で気弱で、すぐ泣くような奴だった。なよなよした部分に苛立って、よく〝指導〟した覚えがある。駅員になっていたのか。

「先生、とりあえずここは駄目です。移動してもらえると」

 加藤は困ったような顔で首を傾げる。その仕草が馬鹿にされているようで腹が立つ。

「俺にこの寒空で寝ろっていうのか。恩師によくそんなこといえたもんだな」

公園や高架下はすでに先住者がいる。ここを追い出されると、いくところがないのだ。

「……分かりました。本当は駄目ですが」

 及川の耳元に加藤が囁く。いい場所があるんですよ、と。

 案内されたのは、ホーム奥にある物置。

「もうすぐ撤去しようと思っているので、今は何も入っていないんです」

元々掃除用具入れだったらしいが、広さは三畳ほどある。撤去前に掃除したのか、思ったより綺麗だ。小さな明かりもある。

 ここは監視カメラがないので、少しなら大丈夫ですよ、と加藤が言う。

「悪くない。お前にしてはやるじゃないか」

 及川の言葉に、加藤が曖昧に微笑む。

 貰った段ボールを敷いて寝転ぶと、ホッとしてすぐに眠気がくる。ホームレスになってからは、居場所がなく、ずっと気を張っていたのだ。

「先生、明日食べ物や毛布もってきますね」

 加藤の声に「ああ」と手を振って、及川はそのまま目を閉じた。ガチャンとドアが閉まる音が遠くに聞こえた。


 一体何時間眠っていたのか。電車の警笛の音で目を覚ました。段ボールがあるとはいえ、床で寝ていたからか身体が痛い。

 息苦しさを覚えて、ドアに手をかける。トイレもついでに行っておこう。

「……あ?」

 ドアを押すが、軋む音はするが開く気配がない。ドアが歪んだのか? と思ったが、強く押しても全く開かない。

「閉じ込められた……のか?」

 口に出すと、一気に焦りを感じた。ここを知っているのは加藤だけ。水も食料もない。空気が入ってこないため、息が苦しい。

「助けてくれ!」

 及川は何度もドアを叩きながら叫ぶが、電車の通過音で消されてしまう。ホーム奥には誰も来ない。身体が痺れて床に倒れこむ。

 ああ、苦しい。苦しい。どうして俺が。

「先生には、お似合いの死に方ですね」

 意識が途切れる瞬間、そんな加藤の声が聞こえた気がした。

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お似合いですね @oishiinoha

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