エピローグ 明けの明星は堕つ


「……んっ……うぅん……」


 目が覚める。目元を擦ってから、全身を伸ばす。ゴーッと耳の中から音がした。わたしは寝起きのこの瞬間が好きだった。全身の筋肉が伸ばされる様な、何とも言えない気持ち良さが好きだった。


 そしてまだ隣で寝ている筈の優を起こそうと顔を横に向ける。しかしそこには優の姿が無かった。ただそこに、優が居たであろう痕跡のシーツのシワがあるだけだ。


「……優?」


 わたしは身体をベッドから起こして、周りを見回す。見慣れたわたしの部屋が視界に映る。でもその何処にも優の姿が見えない。


 ……まさかッ!? また馬鹿な真似でもしようとしてるのッ!? そんな事をしては駄目って、昨日指切りで約束したばかりじゃないッ!? もう約束を破るって言うのッ!? そんなの許さないわよッ!!


 床に脱ぎ捨ててあった黒い下着と寝間着を急いで着たわたしは、部屋を出てリビングを見渡す。


「優ッ!?」

「ん? どうしたの? そんな血相変えて?」


 そこには。台所でピンクのエプロンを着て朝食を作っている優がいた。良かった。

 またあんな事しようとしていたらどうしようと思ったが。大丈夫そうで良かった。

 ほっと胸を撫で下ろしたわたしは、優に後ろから抱きつく。


「ちょっとッ?! 今包丁使ってるんだから。危ないでしょ? もう」

「だって。優が。また馬鹿な真似するんじゃ無いかって思ったら……わたし」


 如何にかなっちゃいそうで。怖かった。もう優と一緒に居られないんじゃ無いかって思った。そう思ったら。とっても怖かったの。でも。こうしてここに居てくれて嬉しいわ。優。


「……そっか。ごめんね? もうあんな事はしないから。安心して?」

「……うん」


 優は腰に回したわたしの手を、優しく包み込んでくれた。小さくてそれでいて大きな手。温もりのある手。好きな人の手。我慢できなくなったわたしは。優の耳元で囁いた。


「ねぇ? ……キスしよ?」

「駄目だよ。真緒今起きたばっかりでしょ? 先に顔を洗って歯を磨いてきなよ」

「いやよ。今、したいのよ。駄目かしら?」

「……もう。分かったわよ。……キス、して?」

「えぇ」


 

 わたし達は向かい合う。そしてチュッと優の唇を啄んだ。わたしが唇を離すと今度は優の方から啄んで来た。目と目が合った。その瞳はまだ物足らなそうな光を湛えている。口ではああいっていたけど。何よ。優だってキスして欲しかったんじゃないの。ふふっ。可愛いわね。


 なら。望み通りにしてあげようかしらね?


 再び優にキスをしたわたしは。舌を優の唇に差し込む。舌先が優の舌先とキスした。舌を絡め合う。まるで蛇同士が交尾をするように、ねっとり激しく動かした。


「……んっ……んふっ」


 卑猥な水音が響く合間に、艶のある吐息が零れる。それがまたわたしを興奮させた。それは優も同じようで。わたしの腰を強く抱きしめて来た。それがまたわたしを高ぶらせる。


 わたしは優の歯茎や裏顎をなぞって激しく攻め立てた。同時にわたしの両手が優のぷりっとしたお尻を揉みしだく。その度に優は身をくねらせる。それが無性に愛おしかった。わたしで感じてくれる。わたしで喜んでくれる。わたしを求めてくれる。


 それが堪らなく愛おしいのだ。昨日の夜。あんなに激しくお互いに快楽を貪ったって言うのに。初めて優とエッチしったっていうのに。まだ満たされない。

 もっと優を欲しかった。でも。


 今はディープキスで止める。だって今日は学校の始業式がある日だ。校長のクソ長いスピーチがある日だ。学生の本分は勉強である。学校をサボる訳には行かない。


 だから止める。それに。始業式の後はホームルームがあるだけで授業は無い。つまりは午前で学校は終わり。後の時間は好きに出来るのだ。そこでいっぱい優とあんな事やこんな事をたっぷりとすれば良い。


 口を離す。粘っこい唾液が糸を引く。


「はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……まおっ」

「だーめ。キスはもうおしまいよ?」


 優が再びキスしてこようとしたので、人差し指で止めた。


「なんでよぉ? もっとしようよぉ~」

「ダメよ~ダメダメ。今日学校でしょう?」

「良いじゃん。学校なんて休んじゃえば」


 何? 一体何時からわたしの優は不良になったのかしら?


「駄目よ。学生の本分は勉強なんだから」

「? でも今日は始業式でしょ? 勉強なんてしないじゃん」

「そうね。だけれど。校長のクソ長いスピーチを聞けるのも学生の内だけよ? だからその貴重な経験を堪能しましょう」

「えぇ~やだよ。そんなの」


 未だ渋る優にわたしは、顔を近付けて耳元でこう囁く。


「……その代わり。学校が終わったら……ね?」

「……ッ!? ……ぅん。分かった。学校行く……」

「ふふっ。良い子ね優」

「ちょッ!? 頭撫でんなしッ!!」


 わたしは優の頭を気が済むまで撫でまわした。結果。ボサボサの寝起きみたいな髪型に戻っていた。


「もうっ! また髪直さなきゃいけないじゃん。……むぅ」

「ふふっ。ごめんさい。優が可愛いからつい、ね?」

「かわッ!? だーーッ!! もうッ!! 真緒はそうやってすぐ口説くんだからッ!! 私以外にしちゃ絶対駄目だからねッ!! ほらッ!! 早く顔を洗って歯磨きしてきなさいッ!!」


 優は顔を真っ赤にしてわたしを台所から押しやる。


「はいはい」

「はいは一回ッ!!」

「はーい」

「伸ばさないッ!!」

「ハッ!」

「敬礼すなッ!!」

「イエスマムッ!!」

「ここは軍隊じゃないッ!!」

「はい」

「はいじゃないッ!! ……あ」

「ふふっ。引っかかったわね優?」

「うっさいッ!! バカッ!!」


 こうやって優を揶揄うのわたしは好きだ。だって。優がとっても良い反応をするから。揶揄い甲斐があるのだ。それに。優がわたしの好きな人って言うのもある。

 昨日、恋人になってからはもっともっと楽しかった。


 ――堕とし愛。


 好きな人である優が、わたしを好きになってもらう為に仕掛けた戦争ゲーム。恋をした方が負けというルールの下、行われたその勝負は。初めからわたしの負けだった。いや、勝負ですらなかった。だってこれは、わたしの我が儘で始めた戦争ゲームだから。


 告白する勇気の無かったわたしが。優の方から告白してくれる為に仕組んだ戦争ゲームだから。……でも。結局は。何だかんだ、わたしの方から告白をした。


 優はその告白をOKしてくれた。嬉しかった。両想いになれた事が。優と恋人になれた事が。とってもとっても嬉しかった。


 切っ掛けは前世である魔王が、優の前世である勇者に恋をしていたからかも知れない。でも。わたしが優に抱いているこの気持ちは、わたしだけのものだ。

 他の誰でも無い。わたし自身だけのものだ。


 たとえ魔王であっても、決して邪魔はさせない。この想いはわたしだけのものだから。わたしはわたしだから。


 魔王なんかじゃなく。明星みょうじょう真緒まおだから。


 今までもそしてこれからも。


 わたしはわたしとして。そして明星真緒として。


 優を愛し続ける。


 さぁ――堕とし愛ましょう?










 魔王のアイツと勇者のあなたは堕とし愛たい。――Fin.

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魔王のアイツと勇者のあなたは堕とし愛たい。 百鬼アスタ @onimaru623

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