第26試愛 優Side ラウンド4


 私は真緒が好き。大好きだ。ただ一人、私の事を理解わかってくれるから。

 ……でも。その想いは真緒には伝えられない。だって。私は穢れているから。真緒を穢してしまったから。


 こんな腐った恋心なんて伝えられないよ。醜くて穢れた私が真緒の隣に居て良い筈なんて無い。こんな私なんて消えてなくなった方が良いに決まっている。


 だから私は、自分が通っている学校の屋上に来た。この場所は真緒に最初にキスされた場所だ。真緒を最初に穢してしまった場所だ。私の最後には相応しい場所。


 ここで私が腐った果実のように頭が潰れて死ねば。真緒がこれ以上私で穢れる事は無い。それに。私がここで死ねば。真緒の記憶に深く深く、私という存在を刻み込めるから。一生の思い出として残るから。


 ねぇ真緒? 私が死んでも絶対に私を忘れないでね? その心に刻み付けてね?

 私が真緒の傍に居たっていう証をさ。もう私自身は傍に居られないから。これ以上真緒を穢したくないから。だからせめて、記憶だけでも真緒の傍に居させてね?


 ……なのに。そう決めたのに。真緒は。私の大好きな人は。私を断頭台から引きずり下ろした。なんで。なんで私を助けるんだよ。助ける価値なんて無いのに。

 そう思っていたのに。


 真緒は。私の事が大好きだと言う。なんで。なんでそんな事を言うんだ。さらにはキスまでしてくるなんて。また私は真緒を穢してしまったじゃ無いか。これ以上真緒を穢したくないのに。真緒の傍に居られないのに。


 私は真緒から離れようとしたが。真緒は逆に私を強く強く抱きしめた。もう二度と離さない様に。私が何処かに行ってしまわない様に。そうして逃げられない私の耳元で好きだよと囁いた。


 嫌だよ。止めてよ。これ以上、真緒を好きにさせないでよ。真緒が居ないと駄目にさせないでよ。だけど真緒は私に追い打ちを掛けた。わたしと付き合ってくれる?

 と。そう言って来た。なんで。私はこんなに穢れているのに。そんな事を言うの?


 好きだから。大好きだから。恋愛感情を抱いているから。真緒はそう言った。ウソだよね? 真緒が私を好き? 恋愛的に? そんなの。そんなのって。無いよ。

 真緒に嫌われたと思っていたのに。まさかその逆だったなんて。


 真緒はこんな穢れた私でも好きでいてくれたなんて。そんなの。ますます真緒をもっといっぱい好きになっちゃうじゃん。


 私達って両想いだったんだ。そう思ったら自分の気持ちを抑えられなくなった。


「――真緒。私はアンタの事が好き。大好き」

「……え。……それって」

「うん。そうだよ。恋愛感情の好きだよ。私は真緒の事が大好き」

「う、そ……」

「ううん。ウソじゃ無いよ? 本気と書いてマジだよ? マジラブだよ」

「……そっか」


 真緒は俯いて左胸に手を当てる。その俯いた唇に私はキスを打ち上げた。真緒はこんな穢れた私を好きだとそう言った。なら。私はもう我慢なんてしない。だから。

 一緒に穢れちゃお? 真緒。


「……優」

「……まおっ!」

「ちょっとッ!?」


 私は真緒を押し倒した。


「真緒。……キスしよ?」

「いや。さっきしてたじゃないの」

「にししッ! 違うよ

「ッ!? ……そうだったわね。まだわたし達はしてなかったわね? 

「……うん。だからしよ?」

「……えぇ。良いわよ」


 こうして私は初めて魔王とキスをした。幸せだった。でもまだ満たされない。私は魔王の唇を舌でこじ開ける。魔王が舌を絡めて来た。いやらしい水音が脳に響く。

 私達はそうして呼吸を忘れるほど、お互いに貪るように舌を絡め合った。


 そうして時間を忘れるほど夢中になっていたが。とうとう息苦しくなってきた私は堪らず口を離した。トロリと混ざり合った互いの唾液が橋を架ける。それは月光に反射して輝いていた。まるで私達を祝福しているみたいに。


「はぁ……はぁ……まお」

「はぁ……はぁ……ゆう」

「私達も……しよ?」

「えぇ……しましょう」


 再び舌同士を絡め合う。自然と両手が真緒の両手を探す。それは真緒も同じだったようで、探し回っていた指先同士が触れた。絡め合う。恋人繋ぎだ。


 幸せだった。好きな人とキス出来たのだから。キスなら今までもしてきたが。これは違う。お互いの好きという気持ちが一つになったから。前よりも、もっともっと深く深く堕ちていける。


 それが幸せだった。この息苦しささえ心地良かった。でも何時までもそうしては居られない。人は息をしないと死んじゃうから。このまま二人で死んじゃうのもそれはそれで悪くはないが。駄目だ。


 だって。死んじゃったら。もう二度とこの気持ち良さを味わえないんだから。それにまだ。キスの先もしていない。とても死んでなんかいられなかった。


 名残惜しいが私は口を離す。橋が架かった。その橋をわたしは指で絡め取り、自分の口に入れる。真緒が羨ましそうにしていたので。指を引き抜くと、真緒の口に挿入した。指先が真緒の舌で舐め回される。擽ったかった。


 指を引き抜く。真緒の唾液でてらてらしたその指を私は再び咥えた。真緒の味がする。十分堪能した私は指を抜いて、服の裾で拭った。


「あ……」

「なによ? さっき散々私の唾液味わったでしょ? まだ足りないの?」

「えぇ。足りないわ。だからもっとキスをしましょう?」

「だーめ。キスはおしまい」


 と言って私は真緒の唇に人差し指を当てる。チュッとその人差し指がキスされた。


「どうしてよ? もっとキスしましょう?」

「今は駄目だよ。……ほら」


 私は夜空を見上げた。釣られて真緒も見上げる。


「? 何よ? 何も無いじゃない」

「今から始まるんだよ」

「何がよ?」

「だから。花火だよ」

「あ」


 何その。あ。って言うのは。もしかして……。


「忘れてたの?」

「えぇ。優が急に居なくなって死のうとしてたんだもの。そんなの忘れるわよ」

「うっ……ごめん。もう二度とあんな事しないから……」

「えぇ。そうして頂戴。……ほら」

「え?」


 真緒は小指を立てた手を差し出してきた。


「指切りよ。優がもう二度とあんな事をしないって言う約束のね?」

「子供じゃ無いんだから。そんな事しなくても大丈夫だって」

「駄目よ。するわよ指切り。それにわたし達はまだ子供よ」


 それはそうだけど。そうじゃ無くて。そんな子供みたいな約束しなくても大丈夫なのに。私ってそんなに信用無いの? まぁ、あんな事したんだから当然か。

 それに。何だかんだ言って。真緒と指切り出来るのは嬉しかった。


 真緒と触れ合えるから。真緒と約束出来るから。


「……分かったよ。ほら」


 私は小指を立てて真緒の小指と繋がる。そして二人声を合わせて言った。


「「指切りげんまん。嘘ついたら。針千本の~ますっ! 指切ったっ!」」


 小指を離す。沈黙。


「……」

「……」

「「……プッ!」」


 何故か指切りの台詞にツボってしまい。二人して笑いこけた。


「アハハハハハハッ!! 針千本ってッ! 飲めるワケないじゃんッ!!」

「クフフッ!! 針千本? ハリセンボンじゃ無くて?」

「……」

「……」

「「アハハハハハハハハハハハハッ!!」」


 楽しかった。こんな下らない事で真緒と笑い合えるのが。


「ヒッ! ヒッ! ま、待ってッ!! 死んじゃうってッ!!」

「フーッ! フーッ! ゲホッ! ゲホッ!」


 私と真緒は学校の屋上で、笑いの波が引くまで転げ回った。涙が出るほど笑った。

 こんなに笑ったのは。久しぶりな気がする。いや。前にもこうやって学校の屋上で笑った事あったっけ? 最近の筈なのに。もっと昔の様な気がするのは何故だろう?


 きっと。真緒との日々が楽しいからだ。真緒との一日が濃いから。ずっと昔の事の様に感じるんだ。それは幸せな事だと思う。


 こんな毎日がずっと続けばいいと思った。それこそ二人ともおばあちゃんになるまで。いや。死んでまた生まれ変わっても真緒とこうしていたいな。


 その時。ドーンッ! と花火が打ち上がった。


「あッ!! 花火だぁッ!!」

「そうね。綺麗ね」

「ねぇねぇッ!! アレッ!! アレしようよッ!!」

「アレ?」

「そうアレッ!! 花火を見た時の掛け声ッ!!」

「良いわね。やりましょう」

「じゃあ行くよッ!! せーのッ!!」

「「たーまやーーッ!!」」


 見上げる最後の夏の夜空には。大輪の花が咲いていた。


 花火が夜空に打ち上がる様に。


 私達は恋に堕ちたのだ。


「……優」

「ん?」

「……わたしと付き合って下さい」

「……うん。不束者ですがよろしくお願いします」


 そして私達はさらに深くへと堕ちていった。

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