第25試愛 真緒Side ラウンド3


 優はわたしがキスをした後。可愛いよって褒めてあげたら顔を赤くして照れていた。とっても可愛かった。食べちゃいたいぐらいに。

 でもその後。優は突然蹲って口元を抑え始めた。


 心配になって声を掛けたが、優はごめんねと言ってわたしを見た。その顔は残酷な事実を知ってしまったような。そんな絶望に打ちひしがれながら死んだ死に顔デスマスクみたいだった。


 再び短く謝った優は、呉服屋に戻ると乱暴に浴衣を脱いで元の服に着替えた。慌てて優の肩を掴んだが触らないでと拒絶され。優はそのまま走り去ってしまう。

 それは夏祭り会場とは反対の方向だった。


 何で優がいきなりそんな風になったのかは分からない。でも。これだけは言える。

 あのまま優を放っておいたら不味い気がする。何か取り返しがつかなくなる様なそんな予感。虫の知らせとも言うべき、直感。


 優。馬鹿な真似はしないでよ。


 わたしは急いで浴衣を脱いで私服に着替え。走る時の邪魔にならない様、長い髪を後ろで一つに束ねる。そして優が逃げた後を追い掛けた。


 だが既に優の姿は見えない。クソッ! 一体何処に行った? 優の行きそうなところは何処だ?


 遠く背後で祭囃子の音が聞こえる。祭りはもう始まっていた。その音から逃げるようにわたしはひたすら走る。優を探して。わたしの大切で大好きな人を探して。


 わたしを唯一理解わかってくれる優を探して。優が行きそうな所を全力で探した。……でも。何処にも居なかった。ただ時間だけが過ぎていく。


「……優ッ!! 一体何処に行ったのよッ!!」


 走りながら叫んでも、この状況が変わらない事ぐらい分かっている。しかし。叫ばずにはいられなかった。クソッ!! 本当に優は何処に行ったのよッ!!


 もう優が行きそうな場所なんて……あ。あと一つだけあったわね。当たり前過ぎて見逃していたわ。そう。学校だ。あそこなら優が居るかも知れない。


 よしッ!! なら善は急げだ。わたしは走った。遮二無二走った。


 前髪が額に張り付く。当然だ。だって今は夏なのだから。そりゃあ全力で走ったら汗を掻くというもの。でもそんなの関係ない。優が目の前から居なくなることに比べたら。如何って事無い。


 たとえ汗が目に入ったとしてもだ。私は乱暴に拭った。視界が一瞬霞む。その晴れた視界に。優が映った。


 優は。わたしたちが通う高校の屋上に居た。地上三階の高さだ。優の金髪は満月に照らされ、星の輝きの様に存在を主張している。私はここに居るよ。だから早く見つけてね。とでも言っているかのように。


 やっぱり。優はここに居た。見つけた安堵と共に、何で優はあんな屋上に居るんだろうと。疑念に駆られた。それに学校は閉まっている筈でしょう? これじゃあ不法侵入じゃないの。全く。悪い子ね優は。後でお仕置きしてあげないといけないわね?


 とは言え。わたしもそんな事言えたものじゃ無いわ。だって今から不法侵入するのだから。そして優を抱きしめて、この気持ちを伝えないといけないのだから。


 わたしは優の事が好きだと。そう伝えないといけないのだから。結果がどうなろうとも。……もう、迷わないって決めたから。魔王城に引きこもっていないで、外に出るって決めたから。


 RPGのお約束なんて。糞くらえだ。だってわたしは仮想じゃ無くて現実だからッ!! だからわたしは優に告白するんだッ!!


 と。優が徐に落下防止用フェンスに手を掛ける。


「ッ!?」


 まさかッ!? 屋上から飛び降りるつもりッ!? 何でそんな事しようとしているのよッ!? そんな事して何になるのよッ!? 待ってなさい。今。そこから連れ戻してやるからッ!!


 学校の校門が見えて来た。当然校門は閉まっている。構うものか。立ちふさがる壁は飛び越えればいいのだから。


 わたしは走る勢いを緩めず、寧ろ勢いを増して。ダンと強く地面を蹴って跳び上がる。そして校門に手を掛け、腕の力で身体を持ち上げて飛び越えた。


 着地。


 再び走り出す。土足のまま昇降口を過ぎ、階段を二段飛ばしで駆け上がる。


 優。優。優。優優優優優優優優優優優優ゆうゆうゆうゆうゆうゆうッ!!


「――ゆうッ!!」


 屋上に通じるドアを体当たりするように乱暴に開けた。月光が私の目を妬く。霞む視界の中、優は命を燃やして鳴くセミの様にフェンスにしがみ付いていた。それもあと少しでフェンスを上り切りそうな位置で。


「真緒ッ!? なんでここにッ!?」

「それはこっちの台詞よッ!! 馬鹿な真似は止めてさっさとそこから降りなさいッ!! 今すぐにッ!!」

「いやだいやだいやだッ!!」


 駄々をこねる子供の様な口調でそう言った優は。フェンスを上り始める。


「優ッ!?」


 わたしは名前を呼んで駆けだす。間に合えッ!! 間に合えッ!! 優の手がフェンスの上部の返しに取り付く。間に合えッ!! 間に合ってくれッ!!


 いや。間に合えじゃない。間に合わせるんだぁぁぁぁぁぁッ!!


「――あぁぁぁぁぁぁッ!!」

「ッ!?」


 私の両腕が優の細い腰を掴んだ。よしッ!! このままッ!!


「離してッ!! 真緒ッ!!」

「嫌だッ!! 離さないッ!! 絶対に離さないわよッ!! 優ッ!!」


 バタバタと足を動かして暴れる優。その足がお腹にぶつかって痛いが、どうでも良い。優が助かるなら。どうでも良かった。


「優ッ!! いい加減にしなさいッ!!」

「いやだいやだいやだッ!! だってッ!! だってッ!! ……だって私は」


 そう言うと優はフェンスから手を離した。力を込めていたわたしは、バランスを崩して優と共に屋上の床に倒れる。優が上でわたしが下。


 優は身体を起こして、わたしのお腹の上に跨る。見下ろす青い瞳は泣いていた。

 零れ堕ちる涙は、月光に反射してキラキラと輝く。


「……だって私は。真緒を穢してしまったから」

「……優がわたしを穢した? 何でそうなるのよ?」

「だって。だって。私の身体はもう……穢れちゃってるから」


 それはきっと。あの過去の出来事の事を言っているのだろう。でも。それがどうしたっていうの? だってわたしは。わたしは――。


「――大好きだから」

「……え?」

「わたしは優が好き。大好きだから。あなたが穢れていたってどうでも良いのよ。それにわたしを穢した? 笑わせないで頂戴。わたしは最初から穢れているわよ。だってわたしの前世は魔王なのよ? 穢れの塊みたいなものじゃない」

「……でも」


 全く。これでも足りないって言うの? しょうがないわね。


 わたしは起き上がり、優と対面になる。そして見上げる優の涙を指で拭い取り。

 唇にキスを堕とした。


「ッ!? 駄目ッ!! 真緒が穢れちゃうッ!?」

「関係ないって言ったでしょう?」


 押し退けようとしてきた優を強く強く抱きしめる。離れてしまわない様に。もう何処にも行かない様に。わたしは耳元で愛を囁く。


「好きだよ優」

「いやッ!? 離してッ!!」

「離さないわ。だから何度でも言ってあげる。……好きだよ優」

「やめてッ!?」

「好き」

「いやッ!?」

「好き」

「……いやだ」

「好き」

「……やだ」

「大好き」

「……ぃや」

「だ・い・す・き」

「…………っ」

「……だから。わたしと付き合って?」

「ッ!? な、んで」


 なんで、か。そんなの決まっているでしょう?


 わたしは一度身体を離し、優の顔を正面から見据える。優に顔を逸らされたので、両手で頬を挟んで強制的に前を向かせた。


「ほら。ちゃんとわたしを見て」

「……」

「いい子よ優。……今、あなたはなんでって言ったわよね?」

「……ぅん」

「そんなのさっきから言っているでしょう?」

「……」


 一度息を吐いて、吸った。そして言う。伝える。


「あなたの事が好きだからよ。大好きだからよ」

「……ッ」

「まだ分からない? つまりわたしは。あなたに恋愛感情を抱いているのよ」

「……ウソ……だ」

「いいえ。嘘じゃ無いわよ? 本当よ。本気と書いてマジよ。マジラブよ」

「…………ホントに?」

「えぇ。ホントよ」

「…………そっか」


 優は俯いて、自分の左胸を抑える。


「なら……私も答えないとね」

「ッ!?」


 来た。ついに来てしまった。優は。わたしの告白を受ける? それとも断る?

 覚悟は出来ているつもりだったけど。いざ、その時になって。怖くなった。優が告白を断ったら? そう考えると怖くて怖くて堪らない。


 耳を塞いで答えを聞きたく無くなる。でも。もう決めた事だ。優がどんな答えを出したとしても。それを受け止めるって。決めたから。聞く。聞かなきゃいけない。


「真緒。私は――」

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