編集済
完結、お疲れ様でした。
「我が意を得たり!」と膝を打つことしきりな創作論でした。
この4年程、コロナ禍もあり、昔書いた稚作を手直ししてカクヨムに載せるのを余暇としていて、そうしたところから、なろうやカクヨムで多くの方の作品を拝見もしました。
いわゆる「ラノベ」、あるいは「Web小説」というのでしょうか。
婚約破棄、悪役令嬢、異世界転生、チート無双、などなど。
そうして感じるのは、物書きを目指す若い皆さんの生真面目さです。
たくさん書くのはもちろん尊敬するところですが、律儀に書く、これはなかなか私には真似が出来ません。
そうして、Xを見れば、「このテンプレに、こういう展開はありでしょうか?」みたいな創作相談ツイート。
不真面目な私は、「何も絵空事を書くのに、そんな真面目にやらんでも💦」と思ってしまうのです。
物語が、キャラと舞台設定とストーリーがあれば成り立つのならば、その内に(いや、既に)、小説はAIでも書けるのではないかと思ってしまうのです。
それで、またまた、『機動戦士ガンダム』の富野由悠季監督なのですが。
私、氏の随想や雑誌のインタビューなどを読むにつけ「この人は、人間観、世界観の歪んだ人だなあ」と思うのですが、一方で、もちろん、個性的なストーリーテラーとして、熟達の映像職人として畏敬もしています。
それで十数年も前でしょうか、雑誌の取材にこんな事を言っていた。
「僕や宮崎(ジブリの宮崎駿監督)などの世代は、野山で遊んだり家の手伝いをしたり、そうした事を原体験にアニメを作って来たけど、今の若いアニメーターたちは、ゲームやアニメが原体験になっている」
つまり、アニメを教科書にしてアニメを作っている、と。
そうすると、アニメの中の人物の動きが「死んでいる」というのですね。
生きている人間ではあり得ない動きをする、と。
小説にも、同じ事が言えるのではないかと思うのです。
小説を教科書にして小説は書けます。でも、それで、生きた物語が書けるのか、と思うのです。
物語というのは、人にものを語るのです。
まさに、『第二回 ラブレターを書いてみましょう』です。
相手は、不特定多数では意味がない。必ず「You」でなければ意味がないと思うのです。
特定の意中の人に、思いのたけを語るのが、物語なのです。
もちろん、商業作家を目指すのであれば、不特定多数に訴えるネタやテクニックが必要になるのでしょう。
でも。
それであっても。
物語には、「これが伝えたいんだ!」という「心髄」の様なものが、必要と思うのです。
ましてや、素人で駆け出しであれば、なおさら。
大切なのは「心」。
好きだから、書きたいから、書く。他に何の故も無し。
まさに、「根性」こそが、小説の真髄と思いました。
ダラダラしたコメント、失礼しました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
また、長く熱い文章ありがとうございます。
もちろん、プロとアマは違いますから一概には言えませんが、アマチュアは好きなこことを好きに、そして楽しく書けばよいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
近況ノートのコメント欄がにぎやかなので入っていけず(コミュ障)、こちらにて失礼します~。
犀川さんの創作論が1位をとられた恩恵にあずかり、寄せさせてもらったレビューも歴代二番目のイイねをもらっております💕
この創作論は素敵でした~。
にこにこしちゃいました。
生きる上で蓄積したものがその人の魅力。そして培ってきたその嗜好や思想は小説を通して裏ににじみ出てくるもの。
うける要素だけを詰め込み元気に走り抜けることも若い頃ならば出来ますが、人をいつまでも深く惹きつける小説の魅力とは、つまるところ作家の魅力、そしてそれに呼応できる読者の魅力なのかもしれません。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
こちらこそ、朝吹さんにレビューを書いていただいたおかげで、たくさんの新しい読者さまとの出会いがありました。心よりお礼申し上げます。
物書きを通して、また何かを学んで経験を積み重ねていければと思っております。
今回は本当にありがとうございました。
とてもためになるお話をありがとうございます。
他の方がコメントされていましたが人生論ともいえますね!
この創作論に出会えて良かったです♪
作者からの返信
こちらこそ、たくさんの感想をいただきありがとうございます。
書いた甲斐があったな、と嬉しい気持ちです。