第3話 繋がり

その日の夜、私がお風呂を済まして、あの人が買ってきてくれたパジャマを着て、ソファーでゆっくりとしていると、寝る準備万端のあの人に抱き抱えられて、ベッドまで運ばれました。連行されたというほうが近いかもしれません。あの人は今朝のように、ベッドで添い寝するように横になると、お互いのことを色々話したい、と言ってくれました。私はそれを聞いて開口一番に、私をどうして助けてくれたのか、また、出会った時に言っていた、慰めてというのはどういう意味だったのか、と矢継ぎ早に質問してしまいました。あの人は優しい表情のまま、こくりこくりと頷きながら傾聴してくれました。一通り話終えたあと、あの人は話してくれました。

「まず、君をどうして助けたのか、ということに関しては、最初に出会った時に言った通り、君がとっても可愛かったから。つまりは一目惚れしたんだ。ただそれだけだよ。まあ、あと、見た目を見るに家出少女だったから、正直なところ、下心があったのかもしれない。一緒に住めたら嬉しいなぁ、という願望だね。」

そう話すあの人は、ニコニコしたり、いたずら顔になったりして、まるでからかわれている気分でしたが、本心なのだろうなということは分かっていました。また、可愛いとか、一目惚れ、といったことを言われて、嬉しいと同時に顔が赤くなりました。あの人はそんな私を見て、すかさず「照れてるの?」と口角を上げて言われ、焦った私は「はい、少し、、」と言いました。そんな私の頭に手を置いて、あの人は優しく撫でてくれました。私は無言でぼーっとしながら撫でられていると、あの人の顔が少し曇り始めていることに気付きました。するとあの人は、手を離すと同時に、ゆっくりと口を開けて、少し躊躇っているような口の運びで、

「慰めて、っていうのは、そのままの意味なんだ。私は、小さい頃から両親の愛をちゃんと受け取れなくてね。その反動と言うべきかな、年を重ねるごとに、人に、甘えたい、という欲求が強くなっていったんだ。あと、もう一つの反動として、今までずっと色んなことを一人で溜め込んできたから、今、大人になって、社会人になって、あまりにも辛くて、もう、心がもたなくなってきてるんだ。だから、つまり、私はちょうど困ってそうな君を利用しようとしている。とてもとても悪い大人なんだ。だから、君が嫌なら、甘える、ということはしない。ただ、だからといって君に衣食住を提供するのを止めるっていうわけじゃないんだ。昨日話してくれたように、君にも辛いことがあったわけだから、心が落ち着くまでここにいてもいいし、他のところへ行ってもいい。それは、君の自由だからね。」

と話してくれました。

その時のあの人は、これまで私に見せてきた、輝かしい人ではありませんでした。表情は暗く、どこか弱々しい。聖母ではなく、迷える子羊のようでした。ですが、その時の私は、あの人の境遇、両親からの愛をうまく受け取れないということに関して、深い共感を得ました。また、こんな側面を持っている彼女に対して、人としての魅力を感じていました。今思えば、この瞬間に恋に落ちたのだと思います。

そんな私の心情とは裏腹に、その時のあの人は、私からどんな言葉が返ってくるのかに怯えているようでした。俯いてベッドカバーに視線を向けていました。私は、

「いいですよ。好きなだけ、甘えても。」

と言いました。

あの人は、私が何を言ったのかが一瞬、理解できず、固まりました。ですが、段々と口元がニヤニヤし始め、「本当に、いいの?」と言ったので、「私は全然気にしないですし、住まわせていただいてる身ですから、私にできることなら、むしろ、やらせてください。」と言うと、今までで一番の強さで抱き締められました。私の顔全体を包み込むように手を回して、あの人は私を抱き締めたのです。その後、10秒ほど経ったあとに、あの人は手をほどいて、改めて私と見つめ合いました。その時の顔は今日の朝に見た微笑でした。素敵な笑顔でした。私はその顔を見ることができて、嬉しくなって、「では、改めて、これからよろしくお願いします。」と言いました。すると、あの人も、「うん、こちらこそ、よろしくね。」と言ってくれました。この時のあの人は、仕事で疲れていたようで、その後すぐに寝てしまいました。とても満足そうな幸せな顔で、寝ていました。


あの人は私を利用しようとしていると言っていましたけれど、それを言うなら、私だってそうでした。あの人が可愛くて仕方がないから、一緒にいたいと思いました。まだ出会って2日しか経っていないのにも関わらず、私はもうすでに、

彼女のことを好きになっていました。

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あの人さえいればいい 神田(kanda) @kandb

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