任務:太后の手紙を解読せよ③
しかしそれはまだ推測の域を出ない。
内容が内容なだけに間違いは許されないし、合っていたとしても、当人に一体どう伝えれば良いのだろうか。
ヘタすればこの国を揺るがす可能性だってある。
しかし確証を得るには、ここにいる彼らの協力が必要だ───
私は
無言で袖を引くと、腰をかがめて背丈を合わせてくれた。
私は手を添えそっと耳打ちする。
「(……陛下の出自に関わることです)」
「………」
紫雲さんは膝を伸ばすと一呼吸おいて、2人の方を向いた。
「陛下、まずは
「……分かった」
そう呟いて
「陛下、」
付いていこうとする青藍さんを片腕で制し、陛下は部屋を出る。
扉の外で控えていた宦官たちを引き連れ帰っていった。
青藍さん紫雲さんと3人だけになったところで、私は自分の考えを話した。
「かなり強引な話ではあるんですが────」
* * *
話を聞きながら2人は時折大きく目を見開いたり、顔を見合わせたりした。途中何度か青藍さんは口を開きかけたが、結局一度も口を挟まずに話を聞いてくれた。
「そんなこと、あるわけが……」
「しかしそうであれば、全て繋がります。後宮ではあり得ない話ではない」
後宮について、記録上での出来事をよく知っているのは青藍さんだろう。
しかしそこに住まう女たちの内情については紫雲さんの方がよく分かっているようだ。
「ただ陛下に知らせるにはまだ……証拠が欲しいですね」
紫雲さんの言葉に私たちは
「康氏のご遺体は今どこに?」
私の問いかけに答えたのは青藍さん。
「奉仕していた王陵の近くにある寺院に安置されているはずだ」
「もし遺品など残っていれば、何か分かるかもしれませんね」
うむ、と青藍さんが
「使者を送って調べさせるか。あくまでも内密に」
「私が行きましょう。寺院ならば私の方が話が早い」
そう言って紫雲さんは、その日のうちに早馬に乗って覇葉城を出て行ってしまった。
疲れきった様子で彼が帰ってきたのはその翌々日の早朝。
彼の手には丁寧に封をされた紙が握られていた。
「康氏の棺の中に入っていた
中を開くと、今度はかなりの長文だった。
何度も書き直した痕跡があるのは、慣れないバオ語で書いているせいだけではきっとないだろう。
青藍さんも呼び、2人の前で私はその手紙を読んだ。
棺の中を見たという紫雲さんの話と合わせると、私のおぼろげな推測は確信に変わった。
その日のうちに私達は陛下を連れ覇葉城を出て、王都の外れにある寺院へ向かうことになった。
国王がそんな急に外へ出られるものかと不思議に思ったけれど、青藍さんがこうなるのを見越して先に手を回していたらしい。
さすが、いつも偉そうなだけあってデキる男である。
馬車で寺院に到着した私達がすぐに向かったのは、紫雲さんの指示で埋葬を止めてもらっていた康氏の棺。
「───これは、」
棺を開けてもらうと、青藍さんが驚きの声を漏らした。
棺で眠る康氏は、死後数日経っているとは思えないほど艶のある肌をしていた。水銀などの特殊な液体に浸す防腐処理がされているようだ。
そして何より目をひいたのは、彼女の小柄な身体を包む衣装。それは以前肖像画で見た太后をはじめ歴代の王妃が着ていた衣装そのものだった。紺色の生地に
腹の上で組んだ手には乳白色の腕輪をはめ、そして小さな産着を抱いていた。
それが誰の産着かは簡単に推測できた。
この棺に入れられ共に埋葬されるはずだった太后様からの手紙を、私はもう一度読み上げる。
「────康太后、
あなたとバオ族の皆さまの忠誠心に感謝します。
最後の
私たちの秘密を守るため私は冷酷な太后となり、徹底的にあなたの影を後宮から排除しましたから。
それでもあなたはとうとう、私に恨み言一つ言いませんでしたね。
我が子に乳を与えながら、決して母と呼ばせなかったあなたの気持ちは計り知れない。
せめて最後にもう一度、あなたたちを会わせたいと願ってしまった己の弱さを知るばかりです。
陛下からの愛という、不安定なものにしか
あなたの教えてくれたバオ族の言葉や歌、そして優しさ。生涯で唯一の友でした。
まさかあの子が国王になるなんて、あの頃の私たちは想像もしていませんでしたね。
ただ私の立場を守るため、あなたと陛下が私にくれた宝物。
私はただあの子と静かに生きられればよかった。
そんな私が太后の地位にまでのぼり詰め政権を握ることになったのは、求めすぎてしまったことへの因果なのでしょう。
私は今年摂政を退きました。あなたの静かな優しさを受け継いだ子が、これからはこの国の舵をとるのです。
この国はさらに良き方向へと導かれるでしょう。
あの
どうかこの衣を着て、私の代わりに天国であの子を待っていてくださらないかしら。私はひとり地獄へ行きますから」
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