春秋集(2023年)

シキウタヨシ


風ぬるびまろくふふめる白梅は枝からそっと立ち離れたる


散髪し凱旋したる神楽坂ぬるびた風を髪の先切る


花弁の内にひかりのはるを孕みいつも蕾はかたく風

雪を耐う


一輪咲き二輪と続かばはちきれてうららの光の中梅ひらく


北の友に手紙せむとて筆取りぬはやくに咲きし侘助添えて


沙羅の樹の梢枝の先ははるの陽のやわきを受けて銀に光りつ


ときまでは風にも雨にも散りもせずとき来れば陽にはらと桜散る


椿の実を落とさぬように早う来い早う来いとて春疾風待つ


夜は閉づ朝にはひらく花と葉にてカタバミはちゃんと太陽を知る


今春はあまりいのちが逝きすぎて花に鋏を入るるも躊躇う


水滴のたつとシンクを叩く音数うる度に吾ひとりなる


血だるまで道路っぱたに転がりぬ夏になれずに汝仔燕


かなとこ雲風は全く死んでいて遠雷のように轟く飛行機


凪とけてひとすじの風ひぐらしの声運ぶとき秋忍び寄る


子らの影ひとつたりとてなき家に帰郷というはそぐわぬ帰郷


もう二度と帰らぬところと決めたなら然らばふるさとかなしくうたえ


アルバムに閉じ込めたならかえりみず走り去ることあゝふるさとよ


ふるさとよ尽きぬ想いの降る里よ吾がちちははの棲まうかの家よ


結晶に閉じ込められてたつぶやきがそろそろ宙へ帰りゆくころ


それはそれは小さな小さな声でした 小梅の一輪ひもといたとき


逆光を背(せな)に負いいつ父の弾くただふたりだけで生きていたいの


雨粒の甍(いらか)叩くは誰の咎泣いてはいない涙が出ない


冬を耐え咲ききった花も失って緑に侵されてゆく桜蕊(さくらしべ)


久方の雨に打たれてひなげしの花の俯くまま落つ無惨


奥山のそのあまり透明がため魚らの棲まぬ水になりたい




/了

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春秋集(2023年) シキウタヨシ @skutys

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