『ニヒルな殺し屋と女の子』

小田舵木

『ニヒルな殺し屋と女の子』

 人生に意味もなければ答えもない、ただ浪費していくだけである―

 なんて悟ったのは何時の頃だろうか?

 30になる手前だったかな。俺はある日突然気付いてしまったのだ。

 この世にいる、この俺は。ただ。存在してるだけなんだって。

 それからの日々は。色彩を失った。

 だってさ。頑張ろうが。何処にも行けないのだ、俺は。

 

 俺は日々を浪費している。

 詰らない仕事を片付け、詰らない家に帰り、酒をかっ喰らって。頭を麻痺させる…

 32にして人生がアガがってしまったような感覚。

 これは宜しくない。一応、働き盛りの年齢なのに。

 

 こういう時は趣味に走れ、と上司から言われたが。

 俺は。趣味に没頭する事ができない。

 何をやろうが、カネと時間を無駄にしてるような気がするのだ。

 

 ならば。

 結婚してみないか?

 そう恋人に言われたが。俺は女を抱えて生きるヴィジョンが見えてこなかった。

 その上、結婚すれば出産というイベントがある。

 この今のニヒルな俺が。子孫を世界に送り出す…こんな皮肉が他にあるだろうか?

 俺は思った事を彼女に告げた。すると、当然、泣かれた。そして破局にまで至った。

 俺は恋人を失った訳だが。それに対しても何も思えなかった。

 

 俺の人生はフラットになりつつある。

 俺はニヒルな今の思考に目覚めてから。気がつけば色々なモノを失った。

 それに対する感想は―『so its goes』『そういうものだ』カート・ヴォネガットの箴言しんげんである。

 

 日々というものは。

 思考を放棄すると、あっという間に過ぎていく。

 俺はただ。生きている。この無意味な人生を。

 

                  ◆

 

 そんなニヒルな俺は。

 人の命を奪う仕事をしている。とどのつまり殺し屋である。組織に属する。

 俺は今日も一人殺した。金持ちのおっさんである。

 彼は。命を奪われる段になると。俺に命乞いをしてきて。

 

「君も人間だろう?命…これには意味がある」目の前のおっさんは言うのだが。

「…んなモン、お前の勘違いだよ」

「私には家族もいるのだ!どうか命だけは!!」

「カネを積めば話を聴いてやらん事もない」

「3000万でどうだ?」

「端金だな。クライアントの方が支払いが良い」

「…それ以上は無理だ」

「んじゃあ。たったと死ぬこった」俺は。構えた銃の引き金を絞る。

 

 サイレンサーを通した銃声は。間抜けな音がする。

 パシュッ、と発砲音がして。縛り付けられたおっさんの脳天に銃弾が吸い込まれる。

 これで。一つの命が終わった。これは地球全体を考えるとプラスの所業である。

 なにせ。地球人口は70億を超えた。もうこの星はパンパンなのだ。これ以上無駄な命など必要ない。俺を含めて。

 

 俺は死体を引きずって。車のトランクに押し込む。

 死体は命の消滅と共に。意味のないタンパク質の塊になった。

 後は。コイツを豚小屋に突っ込むだけだ。後は貪欲な豚に任せれば宜しい。

 

 俺は血に塗れた路上を清掃する。

 血。コイツが体を巡っている内は。アイツの体も生きていた。

 だが。それも一発の弾丸で終わっちまった。

 人生というのは儚い。人の夢と書いて儚い。

 …人生は一個の夢に過ぎないのかもしれないな。

 俺も死ねば。この悪夢のような虚無感から逃れる事が出来るだろうか?

 

                  ◆

 

 俺は隣県にある豚小屋に死体を押し込んで。

 車を走らせて。福岡に帰って来る。

 臨海部を走る高速。高い位置に架けられた橋。

 俺はここから落ちる妄想をする。そうすれば。この世から消えられる。

 俺は人様の命を奪う仕事をしているが。同時に、自分の命さえ消してしまいたい。

 

 高速を降りると。

 俺は『すけさんうどん』に寄る。

 ここは24時間営業だから助かる。俺のような闇に生きる男でもマシな飯にありつく事が出来る。

 

 俺はカツ丼とぼた餅を頼む。

 ここはうどんも旨いが、その出汁を使った丼ものも良いのだ。

 後はぼた餅。コイツは食後のデザートだ。白飯を食った後でもスルスル入る旨さがある。

 

 俺はカツ丼とぼた餅を平らげると。

 車を走らせ、クライアントの元へと急ぐ。

 そしてクライアントから報酬を受け取り、本社へと帰って行く。

 

 本社。俺の会社は博多のオフィス街にある。

 見た目はただのオフィスビルだが。中身は真っ黒だ。

 暴力団の隠しアジトやらヤクの売人のオフィスやらが一杯だ。

 このビルに何故司法の手が入らないか?それはこのビルのオーナー…俺のボスと県警が癒着しているからである。

 

 俺は本社のオフィスに入って。

 ボスの元へと一直線。さっさとカネを渡して分け前を貰いたい。

 

「…安河内やすこうち。帰りましたよ」

「おう。やってきたか」

「お望み通り。報酬はこちら」

「お前の取り分は50%…持ってけ」

「どうも。お疲れ様です」

「…安河内」

「なんです?また仕事の話ですか?」

「いや。最近のお前は。前と違う気がしてな」

「前と?まあ違いますかね」俺は適当に躱す。これはお説教コースな気がしたのだ。

「お前は前より。殺すことに迷いがなくなった」

「…プロとして。10年近くが経とうとしています」

「そうじゃねえ。殺しってのは迷うヤツは一生迷ってる」

「俺は―」と口が滑りそうになるが。ここで正直に話すとメンタルチェック行きになりそうで。「プロとして仕事を全うするのみです」

「…なら。良いが。ま、ゆっくり休め。後の話は追々だ」

「…お疲れ様です」

 

 俺は現金の入ったアタッシェケースを持ってオフィスを後にする。

 この現金は。ゆっくりと銀行口座に移し替える。

 さて。これからどうしたものかね。

 昔なら。現金を持って呑み屋や風俗に行っていたが。

 今や。それは面倒くさい。

 

                  ◆

 

 俺の仕事は休みが多い。下手なホワイト企業より年間休日は多い。

 俺は仕事以外の時間を持て余している。

 …趣味すらないのだ。他に何をしろというのか?

 

 俺はとりあえず家を綺麗に掃除して。

 冷蔵庫の中身をチェックして。買い物に出かけ…

 ああ。もう今日一日のやることは終了してしまった。

 

 とりあえずリビングのソファに寝転がってみるが。

 まったく眠くない。

 かと言って。昼間から酒を呑む気にはなれない。

 

 仕方がない。散歩だ。

 俺は渡辺通り近くのマンションを出る。すぐ側は繁華街。

 平日だと言うのに人で賑わっている。

 

 そう言えば。昼飯を食ってない。

 不思議なのは。俺は生きる意欲に欠けているが食欲はある、という事だ。

 下手しい大食漢の傾向がある。

 俺は。適当なラーメン屋に入って豚骨ラーメンと半チャーハンを食う。

 …そう言えば。昨日、死体を豚にしてやったばかりだった。

 だが。俺は普通に豚骨ラーメンを楽しむ。

 あの豚共は誰に食われるのだろうか?

 

 昼飯を食い終わると。

 俺は天神の街をそぞろ歩く。

 天神の地下街。レンガ敷の道。暖色の照明で照らされた道を歩く。

 

 昔は。ここでよく買い物をしたものだが。

 今は。特に欲しいモノなどありはしない。

 そも。無駄なモノを買いすぎていたのだ。

 モノを増やそうが。俺の虚無感は癒えない。

 

 俺は煙草が吸いたくなって。

 地下街から警固公園に移動する。

 私鉄のターミナル駅前の公園である。

 ココらへんで煙草を吸おうと思ったら、ここに行くしかない。

 

                  ◆

 

 平日の昼間の警固けご公園。

 時期が時期だからか、ガキ共で一杯である。

 俺はそんなガキ共を眺めながら煙草を吸う。

 

 買い物袋を下げたガキ…ただ公園にたむろしてるガキ…

 俺はガキ共を見ると羨ましくなる。

 何せ。ガキ共は人生の虚無感とは無関係だからだ。

 自分の未来を素朴に信じてやがる。

 俺にもそういう時代はあった。十数年前まではその一員だったのだ。

 俺は。望んで殺し屋になった訳ではない。

 ただ。就職難の時代に就活をしていて。その頃に両親が亡くなっちまった。

 後ろ盾を失くした俺は。手っ取り早く稼げる道を探している内に殺し屋なんぞになってしまったのだ。

 

 カネ。

 俺はカネを稼ぐために殺し屋なんぞをしているが。

 ニヒリズムに目覚めちまった今。カネなんぞに意義を見いだせない。

 誰ぞはカネがあればなんでも出来る、と宣ったが。

 カネでは解決出来ないモノはいくらでもある。例えば人生の虚無感。

 

 俺はこの虚無感を消すために色々やってみた。

 なんなら精神科にかかった事もあるし、色々無駄遣いしてみたし、女遊びをしてみたりもした。

 だが。それは全て無駄だった。

 俺の虚無感は。そんな生優しいモノでは消えない。

 かと言って。殺し自体に人生の意義を見出す事もできない。

 

 煙草が根本まで燃えている。

 俺もこの煙草のように。無駄に燃えるしかないのだろうか?

 ただ。紫煙を上げる事しか出来ないのだろうか?

 

 俺はもう一本の煙草に火を点けて吸う。

 そしてぼんやりと空を眺めていたのだが―

 

「おじちゃん。何してるの?」子ども。女の子の声。俺は視線を下に下げる。すると。6歳くらいのガキが足元に居た。

「煙草を吸ってるんだよ…危ないから近寄っちゃいけない」俺は子どもに視線を合わせて言う。

「そう?ママも吸ってるけどね」

「…子どもが煙草の煙を吸うと。危険なんだ」

「大人は吸っても良いの?危ないのに?」

「…大人は。良いんだよ。長生きするつもりがなければ、ね」

 

「おじちゃんは―死にたいの?」ガキは無邪気に問う。だが。その目は虚ろで。

 

「おじちゃんは…どうだろうな?」俺は誤魔化ごまかす。6歳児にニヒリズムを教え込む事は難しい。ならば誤魔化すしかない。

「なんで分からないの?」

「…うーん。大人にも分からない事は一杯あるんだ」

「…へえ。そっか」

「そうなんだ…んで?ママは何処だい?」俺は子どもを親の元に帰したい。このまま何故何故に付き合っていたら。ニヒリズムが炸裂しかねないからだ。

「…ママ?今は知らない男の人と一緒」

「そこに戻りなよ、おじさんが一緒に行ってやるから」

「嫌だ!」きっぱりと言う彼女。どうやら知らない男が嫌いらしい。

「参ったな。交番に届けるか?」だが。俺のような稼業の人間は交番に近づきたくない。

「けーさつも嫌!おまわりさん怖いもん」

「おじさんも怖い人かもよ?」

「そうかなあ。おじさんは優しいよ」

「俺は優しくなんかないぞ?」

「ううん。怖くないから。優しい」

「…ああ。どうしたものか」俺は頭を抱える。

 

 時間は余ってる。

 別にガキのお守りをしても問題はない。

 だが。俺のような中年男性がガキを連れ歩くのもどうか?

 …子どもに思われるかも知れないが。問題は他人の子どもだという事で。

 

「けーさつに連れて行ったら…攫われそうになったって言う」女の子は言う。軽い脅しである。

「んじゃあ。どうして欲しいんだい?」俺は問う。半ば懇願だ。

「遊んで!」笑顔で言う女の子。どうして女はこうも押しが強いのか。

「この公園には…大した遊具ないよなあ」

「別に。公園じゃなくても良い」

「いやいや。君を連れ回すのもどうかと…」

「どっか行きたい」

「お母さんとはぐれるだろうが」

携帯けーたいあるもん」女の子はコートのポケットからスマホを取り出す。

「…これで親に連絡させてもらうわ」

「ええ…まあ。いいけど」女の子は携帯を渋々渡す。

 

 俺は女の子の携帯の。お母さんという項目から電話をかける。

「プルルル…」発信音はなり続けるが。相手は出ない。

 

「子どもからの電話をスルーするたあ。大した母ちゃんだ」俺は思わず嘆く。

「お母さんはね…私が邪魔なんだって」女の子は無邪気に言う。

「邪魔って…何でだい?」俺はいてはいけないと分かりつつも問う。

「今の彼氏とうまくやれないから、だって」

「ったく。なんちゅう事を」俺は女の無責任さを嘆く。

「ねーねー。お母さん電話出ないし。遊びいこー」

「…しょうがない、か」俺は諦めてしまう。「ところで君の名前は?」

「ゆめ。私は夢だよ。おじさんは?」

「俺かい?俺は安河内っていうの」

「やすこうち…言い難い」確かに俺の名字はクソ長い。

「やっさんでも何でも良いから適当に呼んでくれや」

 

                  ◆

 

 いきなり子ども連れになっちまった俺。

 さて。これからどう時間を潰そうか?

 俺はガキ向けの遊びを全く知らない。

 

「夢ちゃん。どこ行こう?」俺は逸れないように繋いだ手の先の彼女に問う。

「何処でも良いよ」

「それが一番困るんだってば」

「んじゃあ。遊べるところ」

「んー。公園…東平尾は車出さんといかんしなあ」

「車!乗りたい!」

「…知らん子どもを。車に乗せるのは危険なんだけどなー」

「嫌だ!公園が良いの!」

「だー。もう。分かった分かった。お母さんに連絡つくまでは付き合ってやるよ…」

 

 俺と夢ちゃんは。

 とりあえず俺の家のマンションのガレージへと向かう。

 そして。下道を適当に走らせ。東平尾公園へ。

 

 東平尾公園。福岡空港の近くにある大規模な公園だ。中にはスタジアムまである。

 そこの大谷広場へと夢ちゃんを連れて行く。

 そこにはアスレチックがあるからだ。ああいうモノがあれば。子どもは時間を永久に潰せる。

 

 俺は。夢ちゃんを見張りながら。

 東平尾公園で寛いでいる。

 ああ。平日の昼間に。知らん子どもを連れて何をしてるんだが。

 俺は夢ちゃんの携帯を借りている。

 それで定期的に母親に電話をかけているが。一向に繋がる気配はない。

 もしかしたら。母親は知らん男…今の彼氏とやらとシッポリとやっているのかも知れない。

 実に無責任な親である。せめて託児所に子どもを預けてからデートして欲しいもんだ。途中まで連れ回して。逸れたら放置…きっとロクな女じゃない。

 

 だが。夢ちゃんは。

 多少俺を脅しはしたが。基本はいい子だ。

 俺の言うことをある程度聴いてくれる。

 

 俺は。子どもを持ったらこんな感じなのか?とか考えてしまう。

 ニヒルな俺はこの世に子どもを送り出す事を拒否したが。

 まさか。こんな感じで子どもと過ごすハメになろうとは。

 人生は予測がつかない。

 

                  ◆

 

 俺と夢ちゃんは。結局夕方まで東平尾公園で遊んだ。

 母親に連絡を入れ続けたが。結局は繋がらないまま。

 

「やっさんーお腹減った!!!」夢ちゃんは呑気に言う。

「…俺が晩飯を奢ってやらんといけんのかあ…んで?何処行きたい?」

「うーん。何処でも良いよ?」彼女は押しは強いが、あまりワガママは言わない。

「うーん。ま、ファミレスでも行きますかね」

 

 俺は車を走らせ。

 適当なロードサイドのファミレスに入店。

 

 夢ちゃんにお子様ディナー的なモノを頼んでやり。

 俺は鶏のグリル焼きを頼む。

 

 俺と夢ちゃんは向き合っている。

 夢ちゃんは。さっきの東平尾公園のアスレチックの感想を俺に述べている。

 俺はそれをふんふん、と聴いてやりながら飯を待つ。

 

「ねー。やっさん?」夢ちゃんはジュースを飲みながら問う。

「ん?なんだい?」

「やっさんは何してる人?なんで平日の昼間に暇してるの?」

「…俺は。ちょっとしたお片付けをしているんだ。今日は休み」子どもに俺の稼業は言えない。ましてはお守りをしている子だ。怖がれれたくはない。

「お片付け…ゴミ屋さん?」

「そうだなあ。お客さんのゴミを片付けてあげるんだ」

「そのお仕事。楽しい?」

「…楽しくはないよ。でもお金が要るから」

「大人は大変だなー」なんて夢ちゃんは言う。

「そうだな。夢ちゃんも何時かは大人になっちゃうけどね」

「あたし。早く大人になりたい」

「そっか。夢はあるのかい?」

「お花屋さん。綺麗だから!」

「そりゃ素敵な夢だな」

「うん!」子どもは無邪気に未来を信じてる。それはまだ見ぬ明日が多く残っているからだ。

 

 俺と夢ちゃんは晩飯を食い。

 そして母親に電話をかける。

 いい加減、連絡がついて欲しいものだが。

 

「プルルルル…あっ夢?アンタ何処に居るの?」電話の向こうから母親の声がした。やっと繋がったか。

「ええと。私は安河内と言います。初めまして。今まで。夢ちゃんをお預かりしてました」

「…あら。そう。世話になったわね」母親はドライに言い放つ。

「…子どもを放って。貴女あなたは何をしていたんですか?」俺はドライに言い放つ彼女に問う。

「…別に。用事があって」

「だからと言って。放置して言い訳じゃない」

「あの子はもう6つよ?自分でどうにか出来るでしょ。携帯も持たせてるし」

「普通は。未就学の子どもを一人にしない。こと福岡ではね」

「私が普通の親じゃないって言うの?」

「言いますね。全く、私がロリコンじゃなかったから良いものを」

「カネ…払うから。黙りなさいよ」

「カネで何でも解決出来ると思ったら大間違いだ」

「説教?下らないから。黙んなさいよ。さっさと夢を返して。通報するわよ?」

「ったく。んで?場所は?」

「警固公園で合流」

「へいへい」

 

 俺は電話を切る。

 全く。ロクな女じゃなかった。

 

                  ◆

 

 俺は。車で渡辺通り近くのマンションに戻り。

 夢ちゃんを連れて警固公園へと向かう。

 その間、夢ちゃんはブーブーと文句を言っていた。

 

「まだ。やっさんと遊ぶ!」

「あのねえ。もう夜だ。お母さんのトコロに帰んな」

「お母さんのトコロに帰ったら…たれるもん」

「…そりゃキツイ。でも母ちゃんだ」

「あんなお母さん要らない」

「そう言ってやるな」俺は児童相談所に通報したくなるが。裏稼業の人間だ。それは余計なお世話ってヤツだ。

 

 俺と夢ちゃんは数時間ぶりに警固公園に戻ってくる。

 すると。無駄に派手な格好をした女が駆け寄ってくる。

 夢ちゃんの母親らしいが。近づいてきた女は無駄に香水臭い。

 

「…世話になったわね」

「ええ。んで?幾ら払うつもりだ?」

「3万」

「ま。今日は勘弁してやるが。次はないと思え」

「けっ」女は唾を吐き捨てる。

「…」俺はこの女を絞め殺してやりたくなる。

「…やっさん。怖い顔してる」俺の足元に居た夢ちゃんが言う。

「んー。ま。色々ね…」俺は夢ちゃんに視線を合わせて言う。

「随分懐いているわね。か?その子」母親はその様子を見ながら言う。

「…口が腐ろうが。そんな台詞吐くんじゃねえよ」俺は言う。少し苛ついている。

「はっ。アンタには子ども居ないだろうから、この苦労は分からない」

「お前が。選んだ未来だろうが。責任は持てよ」

「コンドームなしでセックスしてたら出来た子よ?父親なんて分からないし。愛着もない」

「…お前みたいなアホが居るから。この世から無駄な命が消えない…失せろ。夢ちゃんを連れてな」

「言われなくても」

 

 こうして。

 俺の奇妙な一日は幕を閉じた。

 

                  ◆

 

 あの奇妙な一日から。

 数年が経つ。俺は相変わらずニヒリズムに囚われつつ、殺し屋稼業を続けている。

 何人の命を奪ったか?それはもう覚えていない。

 俺は終わった仕事は忘れていく性質なのだ。

 

 だが。あの子守の仕事だけは。夢ちゃんだけは。何故か忘れられなかった。

 それは俺が選ばなかった未来に相似していたからかも知れない。

 

 俺はある朝、テレビを見ていた。

 身支度をしながら。

「昨晩、児童の虐待死がありました…福岡県福岡市…のさくら夢ちゃんが母親に虐待され…死亡していた事が分かりました…」

 

 俺はそのニュースを聴いて。

 やっぱりな、という感想しか持てなかった。

 あの娘の事は。よく覚えている。押しが強いが大人しい子。

 それが。昨日の夜に死んだらしい。

 人は。いずれ死ぬ。それが早いか遅いか、それだけだ。

 

 俺は身支度を終えると。

 会社へと出勤していく。

 

                  ◆

 

 俺は。仕事をさっさと終わらせ。

 フリーになる。

 そう言えば。昨日、夢ちゃんが死んでいる…

 俺はその事に特に感想を持たないつもりだったが―

 

 あの憎たらしい母親の事を思い出してしまう。

 アイツは。ロクな女じゃなかった。

 そんな女に。俺は子どもを返してしまって。結果がこれだ。

 いくらニヒルな人生を送っているとは言えども。

 妙な喪失感に襲われる。

 夢ちゃんより。生きるに値しないヤツはたくさん居て。

 俺はそういうヤツを殺して回るのだけが人生だ…

 

 俺はかの女を殺してやろうかと思う。

 だが。今は彼女は警察の中だ。手出しは出来ない。

 …殺人だ。何年刑務所に突っ込まれるかは分からない。

 出てきた頃に。ひっそりと殺してやろうか?

 それまでに夢ちゃんへの感情は風化するだろうか?

 …分からない。

 だが。これで。俺は後十数年を生きる理由ができた。

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『ニヒルな殺し屋と女の子』 小田舵木 @odakajiki

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