第4話 ラブコメなら他所でやれ! ④
――そして、今に至るわけで。
この場所も、本当は教えたくなかった。
公園の遊歩道を少し外れ、奥に入ったそんな場所に、木漏れ日の中、隠れたようにベンチが一脚ある。
ここも僕のお気に入り。
室内ほど快適ではないけれど、今のような時期は最高の隠れ家のひとつ。
ごくまれに、図書館で顔見知りを見かけたときは、息を殺し、脱兎のごとく僕はこの場所へと避難するのだ。
だから、そんなときにこの場に先客が居るとなると僕は紐の切れた風船のように行き場を失ってしまうことになるわけで。
そんな僕の心情なんてそりゃ知るよしもないだろうからさ、彼女はひどくお気に召したようで「素敵……」なんて、目を輝かせている。
腕に抱えた彼女のリュックが想像以上に重いから、早く座ろうぜ。なんて言えなくて、僕は古ぼけたベンチの上、念のためにとハンカチを敷き、ボロですけれどよかったらと彼女を促した。
自分一人なら息を数回吹きかけてどっかりと尻を下ろすのだけど、万が一にも彼女のお召し物が汚れたとあっては一大事。
僕のショボい小遣いでは弁償など何年かかるかわからない。
それに、それこそよくある主人公シナリオではないか。
お尻の汚れたヒロインと、どうしたものかと右往左往する主人公。そこからラッキースケベに発展する様式美は、それこそ親の顔より見た。
そうなれば、僕はもう限界だ。
もうこれ以上のイベントは、モブである僕の思想を崩壊させかねない。
彼女は、またもや何かを言いたげに瞳をきらめかせながら僕の目を見つめてきたけれど、同時にその顔を真っ赤に染めるもんだからたまらない。
静々とベンチに腰掛ける彼女を見ないように僕も腰を下ろし、またもや自分に言い聞かせるよりほかはない。
いいか、僕はモブだ。
そのへんに蠢く有象無象だ。
忘れるな、いいか。決してそこを忘れるなよ。
勘違いして傷つくのは自分なのだか――
「――どうぞ」
……お口に合うといいのですが。
柔らかな彼女の声と共に、隣から差し出されたのはとても旨そうなサンドイッチだった。
大方の予想通り、例のリュックからはサンドイッチや果物といった各種お弁当箱に、紅茶の入った可愛らしい水筒など、さらにはお手拭きからなにからと、次から次に、まぁ出るわ出るわ。
そりゃ、大きめのリュックが必要でしょうね。あの細い肩にはさぞかし重くて辛かっただろうに。
「苦手なものは、おっしゃってくださいね」
彼女は手作りだと言っていたが、お店で売っているかのような見事なできばえに、身体は正直なもので腹が鳴った。
その音に、少女が嬉しそうに笑う。
「た~っくさんありますので」
彼女から受け取ったサンドイッチは、僕に合わせてだろうか。女子には少し大ぶりで、だけど、これぐらいが食べ盛りにはありがたくて。
そして、予想を裏切ることなく、ただただ旨かった。
きっと食材やらなんやらが、もちろん彼女の技術力のたまものでもあるのだろうけど、あれやこれやでなんかこうスゴいのだろう。
この程度の食レポしか出来ないのだ、主役の皆々様からは、失笑をいただきそうだが、主人公のキャラ設定でもあるまいし、料理が得意な男子なんてそうそういてたまるもんか。
まぁそこも僕がモブたる証拠というか、貧乏舌の僕では、旨いものは無条件に旨いのだ。なにがどう美味しいのかなんて到底説明できっこない。
……公園の片隅で、優しい風に吹かれ木漏れ日が揺れる。聞こえてくるのは小鳥のさえずりだけ。
そんな皆から忘れられたベンチに、僕と少女のふたり。
彼女は、色違いのコップに紅茶を注ぐと、「……よかった」旨い旨いとがっつく僕に安堵の笑みをみせてくる。
その光景に、僕はまたもやばつが悪くなってしまう。
なんせこんなの、文字通り僕の柄ではない。
まるで、僕が主人公みたいじゃないかと。そんなわけないだろうにさ。
“物語には、美しいふたりが欠かせない”
彼女の気まぐれに翻弄されまいと、もう一度、僕は自分の持論を心の中で復唱した。
「どれがお好きですか?」
「……タマゴ、かな」
外ごはん効果というものに、「やった」タマゴは自信作なんです。なんて、隣の美人が照れたように可愛く笑うから。
満足そうに、その小さな口でサンドイッチに噛みついた彼女を、僕は盗み見て、こっそりと溜息をこぼした。
あっという間に三つ目に到達したサンドイッチは、やはりやたらと旨かった。
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