第3話  ラブコメなら他所でやれ! ③








 それからしばらくは手元に集中していたのだけど、お昼を少し回ったくらいかな。


 ……ふと隣から視線を感じるもんだから、腹が減ったことも相まって、いよいよなんというかアレだ。鬱陶しい。


 なんですかね? 僕の顔はそんなに愉快でしょうか。


 なんて、腹の中で悪態つきながら――ふと盗み見た彼女の顔。その際に、パチリと視線がかち合った。

 机の上にはいつものように勉強道具を広げてはいるが、開いたノートは女子特有のハートマークやらなんやらと、落書きが少しあるだけのほとんど真っ白なまま。


 彼女はずっと、どういう理由なのか僕の顔を眺め続けていたようだ。


「あ、……その」


 うろたえたように彼女は口ごもる。


 まぁ、不細工なモブを面白がって見ていただけで、それが突然目が合ったとなれば、誰だってそうなるだろう。

 だけど、無言で視線を逸らすほど僕も行儀悪くないつもりだからさ。それこそいつものように皮肉なんて言った日には、裏で暗躍しているかもしれない彼女の仲間達(仮)に、どんな陰口を叩かれるかわかったものではないからね。

 だから、


「……今日の服も、よく似合ってますね」


 可愛いです。


 さらりとかつ出来るだけイヤミに聞こえないよう当たり障りのない言葉を添えた。


 最後の一言は、口から出てすぐに『うわっ、今のキモくない?』と心底後悔したが、言ってしまったものは仕方がない。

 クラスの女子ならば、キモいのがジロジロ見てんじゃねーよと、即座に嫌悪感をあらわにする場面だろうね。

 この少女が、そんな勝ち気な台詞を吐くとは思えないけれど、ふいに俯くもんだからさ、あの綺麗な髪が邪魔をして表情を覗えなくて。でも、かろうじて見えた口元がワナワナと震えて見えたから、――まぁ、そうだよな。


 僕みたいなヤツが、あんなキモい台詞を口走ったんだ。彼女の反応も納得の範疇。しばらくは、苦笑いしか出てきそうにない。


 それに、そもそもだ。


 もちろん、多少の強がりは混じっているけれど、今更だ。

 今更、彼女にどう思われようと、……嫌われようとなにしようと、痛くもかゆくもない。

 それこそ、女子に嫌われるのは初めてではないし、僕自身、彼女との出会いから今この日まで、未だにイタズラや罰ゲームの類いかもと疑っているのだからさ。


 だって、そうさ。

 あんな出会い、まるで物語のなかにしか存在しない。

 たとえ現実に起こったとしても、あれは、僕みたいなモブが当事者として体験してはいけないものだ。


 二ヶ月前のあの時、僕はたまたま居合わせて、少し力を貸しただけ。それでいいじゃないか。


 久しぶりに足を運んだ隣町で。

 それこそ使い慣れない大通りで。

 学校帰りに偶然、目の前で事故を起こしたタクシーへと真っ先に駆け寄ったのは僕だけど、やったことといえば、車内に閉じ込められた彼女に『大丈夫だから。絶対に助けるから』声をかけ続けたことだけ。


 今思えば、もう少し賢く行動できただろうと後悔しかないけれど、車体から大量の煙が上がったもんだから焦っちゃってさ。こうなると余計に上手くいかないんだ。


 結局、非力で馬鹿な僕ではロックされたドアをどうにも出来なくて、カギをこじ開けたのは、後から来た他のヤツ。

 そう、車内から彼女を救いだした、一番頑張っていたアイツこそ、彼こそが主人公だろう。


 キミと同じ学校の制服で、なによりもとても爽やかなイケメンだったじゃないか。


 アニメに出てくるような女性顔負けの中性的な甘いマスクは、思わず同性の僕すらもドキリとさせたほど。

 的確に動き、集まって来た人に指示を出し、あっという間の救出劇にはお見事の一言だった。


 それに、彼は明らかにキミへと好意を寄せていた。


 あんな心の底から安堵した表情と、愛しいですと言わんばかりの熱視線を見てしまえば、第三者の僕にだってわかるというもの。だからこそ、あの彼は、あれほどまでに頑張ったのだろう。

 それこそ絵になる二人の出会いに立ち会えた。彼がキミを抱きしめたあの時に、あぁ、コレこそが王道だよと、感動すら覚えたのだ。

 僕なんて、煙にまかれ、咳と涙でグズグズになっただけのおマヌケさん。そう、結果として、その場にいただけの『モブ』なんだ。


 だからこそ、――僕は彼女のあり方を否定する。


 美しい主人公達が並び立つからこそ、物語は輝くのであって、彼女のようなヒロインが、どんな気まぐれであったとしても、僕みたいなモブに時間を使っているヒマはないはずだ。

 彼女がなぜ僕に近づいてきたのか。正確なところは分からない。

 お礼なら、はじめてこの図書館で会ったあの日に、しっかりと言葉にして貰っている。


 それで充分だ。


 けっしてそれ以上を僕は望んでいないし、期待もしていない。

 もしこれが罰ゲームやイタズラでないのなら、おそらくは僕に対し、僅かとはいえ世話になったからと恩義を感じてくれているのだろう。

 どうにかして礼をせねばと躍起になっているのかもしれない。

 それは素晴らしいことだ。誰もが出来ることではない。

 それこそが、この少女の魅力なのだろう。けど、……でもさ。


 誰にも知られず、霧や霞のようにフレームアウトすることこそが、モブのモブたる役割のハズ。


 僕は、美しい物語が見たいのであって勘違いしたいわけではない。どれほどトチ狂ったとしても、これ以上キミという物語に無粋に出しゃばるつもりはない。


 だからこそ、あの場から僕は姿を消した。


 他にも目撃者はいたから、僕がいたところでなにも変わらない。

 野次馬をはじめ警察や救急車で混雑する中を、気取られないようすみやかに。


 ただひとりだけ、例の彼だけがキミを抱えたまま必死に呼び止めてくれたけど、――あの事故の中、キミを助け出したヒーローこそが主役であって、僕を含め世界は彼とキミのロマンスを期待しているのだから。

 だから、その気持ちだけで充分だ。ありがたいと心から思う。


 それに、僕は見たんだ。


 ほんの数日前のこと。ごった返す人混みの中で、それこそ遠目にだったけど、……彼女があのイケメンと、仲睦まじく歩いているところを。

 本当に眩しい光景だった。

 彼の手にあるソフトクリームへ、カプリと口をつける様なんて、そのイタズラな笑みと相まって、まさに物語の中のワンシーンかと震えるほどだった。


 それと同時に、……そう、その時に僕はやっぱりなと納得したんだ。


 やっぱりそうじゃなきゃダメなんだ。

 彼女はもしかすると僕の事を、なんて勘違いをし始めていたのが恥ずかしい。そうだ、それこそがこの世界の真理なのだと頷いたのだ。


 だけど。




 ……今僕は、図書館脇の公園で、四人掛けのベンチにふたり。


 どうしてこうなった。なんて、僕自身上手く説明できないのだけど、木漏れ日の中、隣で彼女が微笑んでくる。


『――あのっ!』

 

 それは、静まりかえる図書館に、とても通る声だった。


 突然だったということもある。それに、この少女からこんなに力強い声が出るとも思っていなかったから、虚を突かれたと言ってもいいだろう。


 そんな、はっと息を止める僕へ、


「き、今日。……お昼を、あの、ですね。その、」


 そう言うと、隣に置いたリュックを抱きかかえ、震える声のまま、


「ご、ご一緒しませんか!?」


 あとはただじっと、瞳を僅かに潤ませながら、僕の目を見つめてきた。


 僕は、たじろいでしまう。


 理由はいくつかあるけれど、まず、周りの目が一斉に僕らの方を向いていること。

 三席ほど離れた若いOLさんは、出歯亀だろうね。明らかに勘違いした視線を向けてくるし、別の所からは、勉強中だったであろう男子学生が、こちらを八つ裂きにせんばかりの眼光を飛ばしてきている。

 それに、彼女の抱えた大きなリュックにはまさかと思うが、あの、ラノベくらいでしか登場しない王道のイベントアイテム、


「お、お弁当を作ってきたのですが……」


 耳まで染めて、伏し目がちな彼女がそう言うものだから、あぁ、待ってくれ。皆まで言うんじゃないよ。

 ほら、また別の所から舌打ちが聞こえてくる。しかも、多方向から複数回にわたる乱れ打ち。


 彼女の妙な頑固さは、この一ヶ月である程度理解している。


 隣に座るというあの一件をとってもそうなのだから、おそらく僕がYESと頷くその時まで、この責め苦は終わらないだろう。

 でも流石にそれは、主人公ルートでいうところの、メインイベントすぎやしないだろうか。

 こんな、ちょっと他ではお目にかかれないような可愛くて可憐な少女が、図書館という特殊な空間でもって、手作りのお弁当を武器に攻め込んでくるのだ。

 こんなもの、一流の日陰者であるエリートぼっちな僕でなければ光の速さで勘違いしているね。

 まさか、こんな冴えない男に彼女みたいな美少女が♡的な。

 ははは。おいおい、ウソだろ笑っちまう。

 心の底から、や・め・て・く・れ。


 冗談では無い。冗談では無いぞ。


 どんなテンプレシナリオだ。

 こんな紀元前から存在してそうなベッタベタなシーン。大好きなジャンルだけど、こんなもん、現実世界で起こりうるはずがないだろう。

 それに彼女も彼女だ。

 きっとこれは、例の一件に対するこの子流の恩返しなのだろうけど、赤面するほどに恥ずかしいのならそれこそ無理をすべきではない。

 あとついでに小言を言わせてもらえるのならば、もう少しTPOを考えてもいただきたい。

 何度も言うように、ここは図書館で、周りにたくさんの人がいて、それでいて、


「……めいわく、ですよね」


 えへへ、と絞り出すような笑い声。


 きっと、僕の沈黙をNOと受け取ったのだろう。

 でも、それはいよいよ卑怯だ。

 そんな真っ赤な顔のまま、諦めたような笑みをこぼされたとあっては、――断るヤツは鬼か悪魔だろう。


 一転してざわつき始めた館内で、


『ヤだ、あの子泣きそう』


『ヤだ、俺キレそう』


『ちょっとあのヤロウに暴力振るってこようかな』


 どこからともなく聞こえてくるは、悪者を断罪するかのようなものばかり。


 ……あぁもう、わかりましたよ。はいはい、わかりました!


 もはやモブだからどうのと、自分の思想を優先している段ではない。こんなもん、僕の台詞なんてひとつしかないじゃないか。

 慌てて本を閉じ、溢れ出しそうな感情を強引に抑え込みつつ、……ありがとう。


「わざわざ僕なんかのために?」


 僕の本音としては、素直に嬉しいんだ。

 でも、やっぱり心の奥の方に居座るもうひとりの卑屈な自分がジャマをするんだ。

 こんな可愛い子がお前なんかのためになんて、あるわけないだろ寝ぼけんなってさ。

 でも、


「はい。アナタに、です」


 見事なまでに、彼女の笑顔が咲き誇るものだから、誤魔化すように、僕は頭を掻くしかなかった。






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