第16話 家族旅行

 五月晴れの気持ちい空の下、お母さんの運転する車は海沿いの道路を走っていた。

 窓から流れてくる風に、ほんのりと潮の匂いが混じっている。


 来年は花恋は受験だからと家族旅行行けるのも今年が最後とお父さんが言い出し、急に決まった家族旅行だった。


「ママ、良くホテルの空きあったね」


 助手席に座る、水色のワンピースを纏いママになったお父さんに話しかけた。


「ああ、直前でキャンセルがあったみたいで、運よく空いていたのよ。3日前からキャンセル料がかかるから、4日前にチェックしていたら思った通り空室がでて、ラッキーって感じ」


 この旅行のために買ったというワンピースを着ているママは、得意げで上機嫌な様子だ。


「ホームページで見たけど、このホテル高そうじゃない?大丈夫なの?」


 後部座席の隣に座る花恋がスマホで、ホテルのサイトを見ながら言った。

 お父さんが予約したホテルは、車で1時間ほど走ったところにある海沿いのリゾートホテル。スマホの画面にはギリシャの宮殿を思わせるような豪華なホテルが映っている。


「花恋も高2で来年は受験だから、家族旅行に行けるのも今年が最後だからね。奮発しちゃった」

「私はすでに受験生だよ」

「あっ、ごめん忘れてた。まあ、智美なら勉強面は問題ないでしょ」


 引きこもり中やる事がなく、中学3年までの勉強を終えた僕は学力は格段にアップした。

 高校受験に学力面は問題ない。あとは、中2の不登校が内申点にどう響くかが問題なだけだった。


「まあ不登校も、私立なら問題ないでしょ。光が丘高校とか青陵高校とかなら、本番のテスト重視って聞くし」


 お母さんはサラリとレベルの高い私立高校の名前を挙げた。

 引きこもる以前なら雲の上の存在の学校だったが、今の僕なら射程圏内だ。


「じゃ、青陵にしなよ。あそこの制服、セーラー服でかわいいよ。ほら」


 花恋が差し出したスマホの画面には、青陵高校の制服が映っている。

 白地に紺色の襟には白いラインが2本。清楚でありながら、胸元の真っ赤なリボンが可愛らしい印象も与えてくれる。


「かわいい!ここにする」


 一目見て気に入った僕は、志望校をあっさりと決めた。


「いいな、セーラー服。ママも着たかったな」


 お父さんが羨ましそうにつぶやいた。


「智美が高校に受かったら、智美のセーラー服着せてね。一回でいいから、お願い」

「えっ、いやだよ」

「じゃ、智美の名前でもう一着、ママ用に制服買っちゃおうかな」

「えっ、それだったらお母さんも着たいな」

「え~ずるい。私も」


 家族4人でセーラー服を着ている姿を想像すると笑ってしまった。

 他の家族もみんな同じで、家族の笑い声が車内に響いている。

 なんだか楽しい旅行になりそうだ。


◇ ◇ ◇


 一日中潮風に当たっていた体からは、ほんのり潮の香りがしてベトついている。

 お昼ご飯に海鮮丼を食べた後、海岸沿いを散策しながら展望台へとのぼり、きれいな海の景色を堪能した僕たちはホテルへと向かった。


 開放感のある吹き抜けのホテルのロビーからは、青くきれいな海が見える。

 花恋と僕はロビーを抜けたところにあるテラスに出て、両親がチェックインを終えるのを待った。

 ベンチに腰掛け、花恋に話しかける。


「ちょっと、歩き疲れたね」

「あら、そう。智美がサンダルなんて履いてくるからよ」

「えっ、だって、海と言えば白いスカートで足を海にいれて、パシャパシャするのが定番じゃないの」

「アニメの観過ぎだって」

「一度やってみたかったの」

「そういうところ、本当の女子より女子っぽいよね」


 花恋と仲良く話していると、チェックインを終えた両親が呼びに来た。

 お父さんは片手に荷物、もう一方の手にはカードキーと朝食チケットを持っている。


「704号室だって」


 ロビー横にあるエレベータに乗り込み、7階のボタンを押した花恋がお父さんに話しかけた。

 

「ママ、チェックインするとき怪しまれなかった?」

「うん、宿帳に『裕一郎』って書いたら、受付の人驚いてた」

「私も驚くところ見たかったな」


 できるだけ男とバレないようにしている僕とは違い、女装歴の長いお父さんは時折男であることをバラしながら周りの反応を楽しんでいる。


 704号室のドアを開けると、オーシャンビューの景色が目に飛び込んできた。


「きれい」

「ねぇ、みてジャグジーもあるよ」


 景色に見惚れている僕を横目に、花恋がテラスに設置されたジャグジーを見てはしゃぎ声をあげた。


「奮発したからね」


 得意げにつぶやくお父さんに、お母さんがツッコミを入れた。


「屋上に大浴場もあったよね。なのにジャグジー付きにしたの?」

「智美もいるしね」


 そっとつぶやいたお父さんの言葉で、お母さんは気づいたみたいではっとした表情に変わった。

 お父さんと二人、大浴場に行けば大混乱だろう。お父さんの配慮に感謝した。


「智美、久しぶりママと二人でお風呂に入ろう」

「うん」


 お父さんと一緒のお風呂なんて小学生以来で、ちょっとワクワクしてくる。


 大浴場へと向かったお母さんと花恋を見送ると、僕とお父さんもお風呂に入ることにした。

 服を脱いでをシャワー浴び、ジャグジーにつかる。

 

 ジャグジーの泡に歩き疲れた体を癒しながら、オーシャンビューの景色を堪能する。あまりの心地よさに独り言が漏れた。


「は~、気持ちいい」

「よかった、気に入ってもらえて」


 僕の独り言にシャワーを浴びているお父さんが返事を返した。

 女装を再開して脱毛サロンに行き始めたお父さんの体にはムダ毛がない。

 先ほどまでつけていたセミロングのウィッグを外しているが、それでも地毛は肩に着きそうなほど伸びている。


「お父さんもだいぶん髪の毛伸びたね」

「夏のウィッグは辛いから、早く伸びて欲しいよ」


 毎日スカートで登校する僕を見て羨ましくなったお父さんは、女装して会社に行くことを計画している。

 暑い夏にスーツではなくワンピースで働けることを楽しみにしており、今は会社内で根回しをしているようだ。


「よっこらしょ、はぁ~、気持ちいい」


 体を洗い終えたお父さんは、見た目に似合わずオジサンっぽい声をあげながらジャグジーに浸かった。

 二人で湯船につかるのは久しぶりだ。


「智美、学校はどうだ?慣れたか」

「うん、智美になってから、みんな優しいね」

「そうか、良かった」


 お父さんはジャグジーの泡に身をゆだねながら、気持ちよさそうにしている。

 旅の解放感もあり、気になっていたことを聞いた。


「ママは、男の人好きになったことある?」

「いきなりだな。まあ、女装しているとよく聞かれるけど、可愛い服を着たいだけで別に男の人を好きになったことはないかな」

「ふ~ん、そうなんだ」

「あっ、でも、大学の時に男友達とかわいい服着てデートしたいなと思ったことはあるかな」

「それって、その男の人好きだったってこと?」

「いや、男の人を好きというか、デートのために可愛い服を着ておしゃれする女の子になりたかったというのが正確かな」


 お母さんと結婚する前のお父さんなら、男の人を好きになったことがあるかも期待して聞いたが違ったようだ。


「その感じだと、智美には好きな人がいそうだな。しかも、男だろ」


 図星を突かれた僕は、答えることもできずジャグジーの泡の中に顔をうずめた。


「まあ、好きになるのに性別は気にしなくていいと思うよ。それに恋するときれいになれるよ」


 海に沈む夕日を見ながら、お父さんはそっとつぶやくようにアドバイスをくれた。

 

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ネクラで陰キャだった僕が、女装して学校に通うようになったら、いじめっ子の陽キャから惚れられた件 葉っぱふみフミ @humihumi1234

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