第三話 見よう見まねで岩を断つ――、俺の兄様が!

 魔力制御のぐるぐるを始めてから数カ月がたった。


 ルーとローはもっぱら二人で魔力循環をするようになり、ほっとしたやら少し寂しいやら、ちょっと複雑な気分だ。


 それでもたまに一緒に魔力循環をするんだけどな。その時はルーもローも循環速度を俺に合わせて、まったりと魔力を循環させている。


 弟妹が気遣いできるようになったと喜ぶべきか、お兄ちゃんとして気遣われるのを悲しむべきか、俺は迷わず喜んだ。そしてなでなでしながら褒めた。


 そんな俺が今何をしているかと言うと、オーウェン兄様の勉強の見学だ。


 ルーとローが魔力循環という遊びを覚えたことで、お世話の手にかなり余裕ができた。端的に言って暇になったのだ。


 そこで兄様に必殺のお願いをして、「先生方が許可したらだよ?」という実質的な許可を頂いた。


 ふっふっふ。甘いな兄様。すでに先生たちにはお願い済みよ。



「おー」


 小声で感嘆の声を上げた俺の前には、真剣な表情の兄様が机に座り分厚い本を広げている。


 その正面に立つのは、濃紺のローブを着た典型的な魔法使い風の先生、アーフディール師だ。60歳を超える歳でありながら、今なおバリバリのおじいちゃん先生である。


 今日の授業は、地政学っぽい内容で、ブラン伯爵家の置かれている状況を地理的視点から考察している。


「先生、それでは北方の山々の影響で我が領には雨が多いということですか?」


「そうじゃ。南方には伯爵領を越えて平原が広がっておる。その先は海があるのう。海からやってきた水気(すいき)が伯爵領の山々の金気(きんき)にあてられて雨となるのじゃ」


「はい。ゆえに木々が多く、川も流れているのですね」


「うむ。山というのは生物の揺り籠じゃ。その影響は森だけでなく、平野にも影響がある。カリンザ山の亡霊というのを聞いたことがあるじゃろ」


 カリンザ山の亡霊! 俺も聞いたこと、というか見たことがある。絵本にもなっていた物語だ。


 簡単に要約すると、森林破壊によって環境がぐちゃぐちゃになり、さらには鉱毒が川に流出し一帯の街々が被害を受けたというものだ。


 最終的には、智者や魔法使いが知恵を出し合い、森を復活させることによって、山の亡霊を鎮めるというエンディングになっている。


「実際に起こったことなのですか?」


「そうじゃ。軽率に森を切り開くことへの戒めじゃな」


 ほえー。あの絵本は事実ベースの物語だったのか。絵本には精霊とか亡霊とかが普通に登場したけど、そっちも事実なのかな?


「さて、座学の時間はここまでじゃ。次は剣術じゃったな」


「はい。本日もありがとうございました、アーフディール先生」


「ありがとうございました、先生ー!」


「ほっほ。オーウェン様もエヴェレット様もまた明日じゃな」


 授業中の真面目な顔から一転して、目じりを下げまくったお爺ちゃんに変身したアーフディール先生が去っていった。


「次の授業は剣術だけど、エヴァはどうする? 怖かったら無理に見に来なくてもいいからね」


「はい! 見に行きたいです!」


「ふふ、わかったよ。でも危ないから、離れて大人しくしているんだよ?」


「はい!」


 いよいよ今日の本番だ。剣術だよ剣術!


 剣と魔法のファンタジー世界において、魔法だけじゃあもったいない。剣もしっかり見ておかないとな。


 絵本によると、剣の達人は空すらも割るという。カリンザ山の亡霊が事実ベースの絵本だったから、もしかすると剣で空を割るのも本当の話かもしれない。これはテンション上がりますわ!


 あ、エヴァってのは俺のあだ名だ。決戦兵器っぽくてかっこいいだろ?


「オーウェン坊ちゃん、本日もよろしくお願いいたします」


「こちらこそ頼むよ。アーチボルト」


「はっ! エヴェレット坊ちゃんには一人付けておきます」


「ああ、ありがとう。それなら安心だ」


 兄様に剣術を教えるのは、ブラン伯爵家騎士団の若き団長であるアーチボルトだ。なんでも、元々はお父様と同じ冒険者パーティに所属していたとか。


 冒険者――、いい響きだ。ただ、今は剣術が優先だから置いておこう。


 そのアーチボルトだが、剣術の腕はぴかいちで、雷を纏った超高速の剣技から『雷速の剣士』と呼ばれているらしい。かっこよすぎるだろ!


 そして、アーチボルトから剣術を教わっている兄様は、今、木剣を手に素振りを行っている。


 行っている――、と思う。


 いや、兄様の素振り、早過ぎね?


 上段に構えたと思った次の瞬間には、振り切って木剣が下にある。風切り音がね。「ひゅん」とか「しゅん」とかじゃないの。「パン!」なの。


 え? これ普通なの? まじで?


 思わずお付きの騎士の方へ勢いよく顔を向けてしまった。多分俺の口はぽかんと開いていたと思う。


「エヴェレット様。オーウェン様は特別な才能をお持ちなのです」


 そう言って苦笑する騎士。


 あー、ですよねー。これが普通なわけないですよねー。だって、パン!だよパン!


 じっと見ていて少しずつ目が慣れてきたけど、それでもかすかに剣の軌跡が見える程度だ。一体どれほどの速度が出ているんだろうか。


 それにしても兄様がかっこいい。上段に構えてー、えい! 上段に構えてー、えい!


 しかしなんというか、木剣であるのがもったいない。絶対に刀の方が似合うと思うんだよね。


 兄様もそうだけど、アーチボルトもゴリマッチョという体形ではない。どちらかというと細マッチョだ。その剣技も力任せではなく技巧を凝らしたもののように見える。


 すらりとした体形で刀を持ったら絶対に似合うと思うんだよなぁ。


「木剣ではなく、木刀はないんですか?」


「木刀ですか? 寡聞にして存じ上げません。どういった剣なのでしょう」


 刀がない!? いや、単純に俺の語彙の問題かもしれない。


 こういう形の片刃でー、と説明してもやはり無いという。片刃の直刀のようなものはあるが、短剣の一種で刀とは程遠い。


 そうかぁ。刀はないかぁ。絶対似合うと思うんだけどなぁ。居合切り! とかさぁ。


「面白い動きだね、エヴァ」


 俺が、目にもとまらぬ居合切りで空想上のモンスターたちをばっさばっさとなぎ倒していると、兄様が声をかけてきた。


「居合切りです、兄様! シュ!」


 ふっ、またひとつ、つまらぬものを切ってしまった。


「エヴェレット様が考案された刀という武器の奥義だそうです」


「ふむ、刀か。どんな武器なんだい?」


 兄様が興味を持ったようだ。これはチャンスだ。男の子と刀は切っても切り離せない。言わば男の子の必修科目だ。


 俺の必死のプレゼンを兄様は笑顔で聞いてくれているぞ!


「面白いかもしれませんよオーウェン坊ちゃん。ハロルド、試しに木刀を作ってみてくれ」


「わかりました。これでどうでしょう」


 お付きの騎士の人が魔力をこねこねすると、立派な木刀が2本完成した。


 おー。まさか転生して初めてまともに見た魔法が、木刀を作る魔法になるなんてな。


 アーチボルトは早速木刀をぴゅんぴゅん振り回し、兄様は居合切りを試すようだ。


「確か、こうだったね。実際には鞘があるのかな? それならば抵抗があるはず……。ああ、なるほど。こうか」


 すらりと放たれた居合切りが、音すらも切り裂いて――。


「これはなかなかいいね」


 訓練場の正面に置かれた岩が斜めに滑り落ちた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生で無双する――、俺の家族が! 蟹蔵部 @kanikurabu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ