シャルウィー・ダンス・デッドマンズ

雲隠凶之進@無期限おやすみ

シャルウィー・ダンス・デッドマンズ


 かつて、インドはユーラシア大陸とは別の大陸だった。

 だからだろう。世界でインドだけが、死のウィルスの蔓延を免れたのは。


 ガンジス川のほとりに集まったのは、インドを守護する屈強な若い兵士たちだ。少し旧型のライフルを肩に乗せ、号令を待っている。彼らのワニのような鋭い視線は、対岸から川を渡らんとしてくる「やつら」――――つい一年くらい前まで、人間だったゾンビどもに向けられているのだ。


「構えぃ!」


 閉じるワニの口で、歯が獲物に食い込むような鋭さで。兵士たちの構えたライフルが射撃体勢に入る。


「撃てぇい!」


 水に潜むワニも裸足で逃げ出す、鉛玉のシャワーがゾンビどもに浴びせられる。


 だがゾンビだ。ゾンビなのだ。

 なんだって? お前、現代人のくせにゾンビを知らないのか。

 仕方ない。この大王マハラジャ様が教えてやろう。


 ゾンビは死なない。死のウィルスは人間の脳に寄生して、その制御を乗っ取る。増殖したウィルスは宿主を死に至らしめ、ウィルスは新たな寄生先を求めて死体を動かし、人間を襲わせるというわけだ。

 ロイコクロリディウムって知ってるか?

 カタツムリに感染して、その行動を操る寄生虫だ。それと同じさ。それの人間版が、あのゾンビってわけだ。


 だから屈強な我がインドの誇る兵士たちの放つ鉛玉でも、ゾンビどもは倒せない。

 頭をふっ飛ばせば多少動きは止まるが、ああなったらもう、肉が腐りきるまで止まらない。

 そこで俺の出番ってわけだ。


 ガンジス川の上流から、ボートで乗りつける。甲板には俺、そして船内には楽団。まず初めに、聖なるガンジスに祈りを捧げる。

 ガンジスを流れる水は聖水だ。天上から降りてきたこの水に乗って、亡者の魂が天に召されんことを!


 ―――さあ聞け! 大地を震わすリズム

 ―――さあ聞け! 天に轟くメロディ


 タブラのリズムに合わせて、ボート甲板のFRPの上でステップを踏む。

 それまで水流をものともせずに渡ろうと歩いていたゾンビたちが、その足を止めた。


 俺の歌、そしてダンスには、ゾンビたちを浄化する不思議な効果があるらしい。

 その辺の、どこにでもいる冴えない工科大学生だった俺、アトゥルが、今やゾンビから人類最後の砦を守るマハラジャ、どこにもいない唯一無二アトゥルの存在になったのは、何の因果だろう。この名前を付けてくれた母は、こうなることを予見していたのだろうか。


 ―――ほとばしる 命の恵み

 ―――はじけ飛ぶ 命の輝き


 弾かれるシタールの弦から奏でられる音は、聖水のように清らかだ。その音楽は生者に活力を与え、死者に安らぎをもたらす。

 ゾンビたちも音楽に合わせて、ぎこちなく動き始める。

 音楽の前には、老いも若いも、男も女も、人種もカーストも、生者も死者もない。みな踊り狂い、みな笑うのだ。


 ―――踊れ! 雄牛のような猛々しさで

 ―――踊れ! 太陽が眠りにつくまで


 ガンジス川は巨大なダンスフロアと化した。

 川の北側にゾンビ、南側には生者たち。その熱狂のせめぎあいの渦中には、俺がいるボート。

 生命の歓喜のダンスに、ゾンビは耐えられない。踊りながらその身を崩していくゾンビたちの肉片が、聖なるガンジスの流れに加わった。


 神話の時代、このガンジス川には死んだ六万の王子たちの遺灰が流されたという。

 少し経って人類が地球を支配していたころは、多くのガンジス信仰の民が沐浴に訪れ、ヴァーラーナシーを終の地としていたという。

 今は、ゾンビたちが生者の地を侵略せんとし、浄化され、消えていく人類守護の最前線となっている。


 ゾンビたちの、川の波間に流されていく、腐りかけの筋肉でギリギリ作れた笑顔に、別れの「ナマステ」を送る。

 人間の尊厳を破壊する死のウィルスに犯された、憐れなる兄弟たちを、その呪いから解放する。

 願わくば、彷徨う亡者たちの魂が、幸福と共に天に召されんことを。


 さあ、黙祷は終わりだ!

 笑え! 歌え! 踊れ!


 顔がひきつるまで笑え!

 声が枯れるまで歌え!!

 その身が朽ち果てるまで踊れ!!!!


 ここは聖なるガンジス。

 生と死。それが交差する境目。天上の女神ガンガーの水ガンジス


 さあそこの君も。

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