ドラゴンになりたいと願うトカゲの話
ありま氷炎
🐲
「大きくなって、僕をその背中に乗せてね。ミラ」
私のご主人様は、私のことをドラゴンだと思っている。
「うーん。まだ翼は生えてこないね」
卵から孵って初めて見たのがご主人様だった。
黒髪の黒目の少年だ。
名前はヤトという。
私はきっと頭がいい。
だけど、ドラコンではない。
頭のいい普通のトカゲだと思う。
翼なんてないし、牙も生えてない。
だけど、ご主人様は私をドラゴンだと思っている。
ある日、ご主人がでかけてお昼寝していると、真っ黒なカラスが話しかけてきた。
「お前、ドラゴンになりたいんだろ?俺はその方法を知ってる。どうだ、知りたいか?」
おっきな目のカラスだった。
怪しい。
大体カラスは人に嫌われてる。
こいつは嘘つきに違いない。
私をどこかに連れて行って、仲間と一緒に食べるつもりかもしれない。
「おい。ミラ。ドラゴンにならないと、いつかヤトに捨てられるぞ。ただのトカゲなんて役立たずだからな」
捨てられる。
そうだ。ご主人様は私がドラゴンだと思っているから、構ってくれる。
餌もくれて、寝床も確保してくれる。
こうして寝そべっていても外敵がこないのはご主人様のおかげだ。
「どこかに連れて行くつもりなら行かない。今教えてくれる?」
そう言うと、カラスは大きく嘴を開けた。
真っ赤な舌が見えて気持ち悪い。
私の舌はピンク色で可愛い。
ちなみに鱗は銀色。美しいトカゲなのだ。
「これ、食べろ。それだけでいい」
カラスは口から黒い球を取り出し、コロンと私の前に置いた。
「汚い。食べたくない」
「トカゲのくせにうるさいな。人間と一緒に暮らした弊害か」
カラスは大きな目を細め、嘴をカチカチと鳴らす。
「ミラー。帰ってきたよー」
「ちっ、人間か。この球置いていくぞ。ドラゴンになりたきゃ、食べるがいい」
ヤトの声が聞こえると、カラスはばさばさと羽を動かして、飛んでいなくなった。
黒い球はカラスの唾液のせいか、テカテカと光って気持ち悪い。
だけど、ヤトに見られたらよくない気がする。なんていうか禍々しい?感じ。
私は黒い球を自分のお腹の下に隠す。
「ミラ?お腹へったでしょ?今日は鳥だよ!」
ぴょんぴょん飛び跳ねるヤトの後ろには、鳥の足を持って引きずっているヤトのお父さんが見えた。
ヤトのお母さんは彼が三歳の時に病気で亡くなっている。
村の人はなぜか、ヤトがよそものだと言って、近づいてこない。家も村の一番端、森のすぐ側だ。だから、私みたいなトカゲがのんびり寝ていても、邪魔する者はいない。あ、カラスがいた。
お父さんは寡黙だけど、私のことを邪険にしたりしない。
いい人間だ。
本当、ヤトに拾ってもらってよかった。別の人間が拾っていたら、食べられていたかもしんない。
「ヤト。鳥を捌く。お前も見ておきなさい」
「はーい。ミラ。またね。美味しい鳥もってくるからね」
ヤトは私の頭を撫でると、お父さんと出て行ってしまった。
「お父さん〜〜〜!」
ヤトの叫び声で私は目を覚ました。
家の中は明かりも灯っていない。
何かあったんだ!
体を起こすと、コロコロと黒い球が転がって、床に落ちた。
どうでもいい。
黒い球なんて。
今はヤトだ!
家の外に出ると、おっきな黒いものがびちゃびちゃと嫌な音を立てていた。その先には青白い顔で呆然としているヤトがいた。
黒いおっきいものの口の中から、二本の足が生えていた。
違う。
誰かが食べられている。
ゴリゴリ、ぴちゃぴちゃと嫌な音を立てながら、黒いおっきいものはすべてを口の中に入れた。
「お、お父さん!」
食べられたのはお父さんなの?
わからない。でもそうに違いない。
それはまだ足りないみたいで、ゆっくりとヤトに近づく。
口から血と肉片がポタポタ落ちてる。
私より何十倍もおっきい。
私では勝てない。
そうだ。あの黒い球。
ドラゴンになれるって!
家に引き返して、床の黒い球を見つけ、口に含む。
苦い。
でもこれを食べればドラゴンになれる。
ヤトを助けられる!
噛み砕いた瞬間、目の前が真っ白になった。
「ううううう」
身体中が痛い。
何も見えない。
「があああ」
食べたい。
食べたい。
食べたい。
殺したい。
そんな欲望が噴き出してきて、それしか考えられなくなった。
黒い猿と子どもがいた。
子どもは柔らかそうで美味しそう。
黒い猿は私を見ると飛び掛かってきた。
「邪魔だ!」
それを掴んで、投げ飛ばす。
爪に引っかかって、うまく飛ばなかった。
千切れた猿の腕が爪にくっついた。
手を振ってそれを払って、子供を見る。
美味しそうだ。
「……ぎ、銀色の鱗に緑色の瞳…。ミ、ミラなの?やっぱりドラゴンだったんだ」
「ミ、ラ?」
なんだ、その名前。
「ゔぁあああ」
頭が痛い。
なんだ、この情報は。
ミラ、ミラ。
ああ、ヤト。ご主人様だ。
私は、ご主人様を助けた。
私?
助ける。
何を考えている。
これは私のご馳走だ。
助けるとは。
ご主人様?
ふざけるな!
「もう少し早く助けてくれれば、お父さんも助かったのに!」
お父さん?
なんだ、成人の人の姿がチラつく。
猿の口から明日が二つ出て……。
「ぐっ」
私ば、なんだ?
私は、トカゲ。
「ぐわあああ!」
頭が痛い。
このうるさい子どもを食ってやる。
そうしたらこの頭痛も消えるだろう。
「ひっ」
子どもがおびえた顔をする。
ヤト、私のご主人様。
拾ってくれた命の恩人。
「ミラ!」
ダメだ。
ダメだ。
食べちゃダメだ!
翼を広げ、私はそこから逃げだした。
それから私は飢えを満たすために、食べた。
魔物も、動物も、人間も。
腹が減っては、片っ端から食った。
うるさい奴には炎を吐いてやった。
「ははは!お前、食べたのかよ。あれ」
ある日、カラスがやってきて、私をミラと呼んでうるさいので、燃やしてやった。
食べる気も起きなくて、カスになるまで燃やしてやった。
悲鳴をあげる間もなかったな。
馬鹿なカラスだ。
私はいつの間にか災厄のドラゴンと呼ばれるようになっていた。
人間どもや、他の種族の奴らがやってくるから、その度に殺してやった。
やってくる奴は大体硬くてまずい。
だから小さく切り裂いてやったり、燃やしたり。
美味しいのは柔らかい肉の、女や子どもだ。
だから奴らの集落や村を襲った。
そうして私は毎日を過ごした。
どれくらい年月が過ぎてるかなんてわかるわけがない。
「ミラ!」
久々にその名で呼ぶものが現れた。
忌々しい。
燃やしてやろうと息を吸って、対象を見た。
真っ黒な髪に黒色の瞳の人間だった。
「僕が悪かった。これ以上、人間を襲うのはやめてくれ。助けてくれたのに、ひどいこと言って悪かった!」
何を言っているのだ。
この人間は?
「ほら、僕を殺して。ごめん」
人間は一人だった。
襲ってくる奴はいつも大勢でやってくる。
だが、こいつは一人だ。
背丈は標準の人間と同じ。
体つきもいつも襲ってくる奴らと同じような不味そう。
硬そうで……。
『大きくなって、僕をその背中に乗せてね。ミラ』
不意に脳裏に美味しそうな子どもの姿が浮かんだ。
優しそうで。
いや、本当に優しかった。
「ご、ご主人様」
「ミラ!」
ご主人様。
ああ、大きくなって。
「うぐぐぐぁ」
頭が痛い。
「ミラ、苦しいのか?僕のせいか?」
苦しい。
苦しい。
私は、私はトカゲだった。
ドラコンじゃない。
ご主人様のためにドラゴンになった。
「ご主人様あああ」
ドラゴンなんかなりたくなかった。
ずっとトカゲのままでいたかった。
でもヤトを助けたかった。
「こ、殺して」
「ミラ?」
「いっぱい、食べた。いっぱい殺した。もうだめ。私はドラゴンになりたくなかったのに」
「ミラ。ごめん。ごめん。僕のせいだよね。僕がドラコンになってほしいって思ったから。本当は僕はミラがドラゴンじゃない事なんて知っていたんだ。ミラは、僕の可愛いトカゲだった」
「ご主人様あああ」
「苦しい?苦しいの?」
「こ、殺して」
これ以上、何も食べたくない。
殺したくない。
生きていれば、私はきっと殺し続ける。
ご主人様のことだって、殺したくなる。
「お、お願い」
「わかった」
「あ、ありがとう。そこに落ちているドラゴン殺しの剣で、私の首を切って。そうすれば死ねる」
「……わかったよ。ミラ。でも君を一人にはしないから」
ヤトの言葉の意味を考えることなんてできなかった。
すぐに意識がなくなったから。
☆
「ミラ!」
「ご主人様!」
私は元のトカゲの姿に戻っていた。
そしてご主人様は少年の姿へ。
「ずっと一緒だよ。ミラ」
「うん」
ご主人様はぎゅっと私を抱きしめる。
私と彼は宙に浮いていて、半透明だ。
眼下には首を失ったドラゴンと、胸をついて倒れる青年があった。
「ご主人様……」
「ミラ。悲しまないで。君の罪は僕の罪でもある。だから僕も死ぬべきだった。これからは君と一緒にずっといるよ」
「ありがとう」
私はドラゴンではなくなった。
だけど、ご主人様は一緒にいてくれる。
それだけで、私は幸せだった。
THE END
ドラゴンになりたいと願うトカゲの話 ありま氷炎 @arimahien
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