命の値段
若い男性がいた。彼は大学に通っているが、1日の半分を部屋の中で過ごしている。今の生活に満足出来ず、部屋の中で、もがいていた。世界中から注目されたい。有名になり、自由な生活を手に入れたい。彼は本気で望んでいた。
「どの仕事もダメだ」
長時間拘束されるわりに、大したお金はもらえない。しかも、社会の一部になるような仕事ばかりで嫌になる。俺自身の個性が死んでしまう。ベッドの上で寝転びながら、何かいい仕事はないかと探していた。巷で流行ってる稼げる仕事は怪しいものばかり。闇バイトなど、将来を台無しにするようなもんだ。そうかと思えばコツコツ続けることが大事だとか。そんなんで大成出来るわけがない。もっと確実なものがないかと今日も部屋で1人悩んでいた。
そんな彼が今回の対象者だ。彼の部屋の前に立ちインターホンを鳴らす。何度か繰り返した後、面倒くさそうな顔した彼が扉を開けた。
「寿命を売らないか」
訝しげな眼差しでこちらを見つめる。セールならお断りだと扉を閉められそうになったため、咄嗟に足で閉まる扉を抑えた。より一層不機嫌な顔をされたが、気にせず続ける。
「キミが持ってる寿命を売ることが出来る。死ぬまでなら、何年でも構わない。買い戻したくなったら、同じ値段で買い戻せる。ただし、本来の寿命を超えて買い戻すことは出来ない。」
そこまで話すと、少し興味が湧いたのか扉を閉める力が緩んだ。しかし、部屋の中に入れてくれるほど歓迎はされていないようだ。仕方なく、玄関先で話を続けた。
「残りの寿命について、正確に伝えることは出来ない。死ぬまでの寿命は意識や行動によって変わるからだ。キミの生活次第で伸びも縮みもする」
疑いつつも話の内容は理解してくれたようだ。少しの間、悩んだあと、彼が口を開いた。
「いつでも買い戻せるならと、取引してやってもいい。ただし、先に現金を渡してもらう」
正直なところ、後も先も関係ないのだが、説明したところでだいたいの人間は理解出来ないか、理解する気がない。いつの日か説明するのを辞めた。彼の要望に対して素直に頷く。
彼が寿命を売ると言ったので、現金を用意する。目の前に現れた大金を見て彼は目を丸くした。半信半疑だったようだが、実際に現れたことで今回の話を信じてくれたらしい。続けて金額を伝える。するとすぐに彼の顔が曇った。思ってたよりも安かったのだろう。こんなんじゃ売れないから、もっと高く買い取れと喚いている。これもよく言われる言葉だが、相手にするだけ無駄だ。どうせ満足のいく額などないのだから。
「ならば、いくら欲しいんだい?」
彼にそう尋ねると、何の迷いもなく答えた。どうせ根拠もないのだろう。私は目の前に、彼の要求する金額を用意した。彼の表情が明るくなるのが分かった。それと同時に、疑問も浮かんだのか彼が尋ねてくる。
「買い戻したくなったら、どうすればいい?常にそばにいるわけじゃないだろう?」
「その時が来たら、再び会うことになる。キミが望んだときには、そばにいるだろう。」
納得した顔ではなかったが、目の前の大金に意識が向いていたのか、突っかかってくることはなかった。彼が扉を閉めようとするので、最後の注意事項を伝える。早くしてくれよと言わんばかりに嫌な顔をされたが、これで最後だと納得させた。
「人によって命の値段を変えることは出来ない。何歳だろうが、値段は同じだ。個人によって変化するものではない。時間だけは常に平等だ。私が取引するのは、お金があると人間の寿命が伸びるためだ。生き方や行動が変わるからだろう。寿命が増えれば、また取引しにくる。その繰り返しだ。たとえ寿命が減っても買い戻すことはない。買い戻すだけのお金がないのだから。たいていの人間は買い戻せず、そのまま消えていく。でも、欲しいものを手に入れることが出来たなら、それで良いだろう?今だって望むものを手に入れられたんだ。人生の結末としては、最高じゃないか。キミが望んだその大金には、それだけの寿命が必要だったよ。」
そう伝えると、倒れて動かなくなった彼を玄関に押し込み、扉を閉めてその場を立ち去った。
死神の時計 @kurosaki_novel
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