3. 王弟殿下とりゅうのくち
グルーバー伯爵領の殆どは枯れた大地だ。否、正確に表現するならば『汚染された大地』だ。
聖女でさえ払えなかった邪気が未だ尚残り、故に、豊かな鉱山資源がそこにあると知っていても侵略されると言うことがない。
竜が首を伸ばしたように北東へと続く稜線は遠目にも岩肌が露出し、あるいは砂で覆われているのが分かる。グルーバー伯爵領はそんな広大な土地を持ちこそすれ、その大半を生き物は愚か、一般的な植物さえ育まれない不毛の地が占めていた。
流石に他領に連なる領地の際(きわ)は他の土地と同じ植生をもち、水も土も汚染されてはいないが、それは『それ以上の土地を他に奪われると困窮した領民が領外へあふれ出し略奪行為に走る恐れがある』からで、ともすれば領地間戦争が起こりかねないからというひりつくような事情で決められたものだ。通常山や川を境にする慣例とは異なり、人工的な柵や石造りの壁が長い年月をかけてつくられただろう高さで遙か遠くまで伸びていく様子は不気味でさえあり、グルーバー伯爵領の異質さを如実に表していた。
エドワードとカタリナの旅は恙無く進んでいた。異質さを感じる光景に緊張感を高める護衛を横目に、カタリナは落ち着いていた。立場上、馬車に乗り込み護衛されながらにはなるが、垂れ幕をそっと手で寄せれば外の光景は直ぐ目に入ってくる。
領境の関所を越えると、程なくして商人達を宿泊させ、商談を行うための小規模な街が見えてくる。街道はそこで途切れるため、編成を整えて更に領地の奥へと進むことになるのだが、その前に公爵領から持ってきた食糧の半分を降ろす予定になっていた。街に詰めているのはカタリナの上の姉ジーンとその夫ヒューゴだ。彼らが玄関口たるその街――別名、『竜の口』とも呼ばれるロイカルメン・スーを仕切っているためである。
ロイカルメン・スーはジーンとヒューゴを筆頭に商人による統治が支配的な街であり、情報交換が盛んに行われる宿屋が軒を連ねている。一方で大陸から難を逃れ、この聖王国シェメシュに命からがらやってきて各地を転々としてきた移民の一部や、食うに困り犯罪に手を染めた破落戸(ならずもの)達が流刑地のごとく追いやられ続けた果てに、人として再起を図ることのできる最後の場所でもあった。
ロイカルメン・スー、ひいてはグルーバー伯爵家のやり方に異を唱えない限り、どんな人間も人的資源として運用しつくすのが最も重要視されるからだ。
一般的に『人としての権利』は貴族階級以上でなければないに等しいが、ロイカルメン・スーはそう言う意味では身分の垣根を越えた接触がある巨大なコーヒー・ハウスということもできる。
街道からなんの検閲もなく街に入ると、それまでの静けさが嘘のように人の賑わう声が響き始めた。
エドワードがそれを聞きながら、カタリナに話を振る。
「ここに立ち寄るのは初めてだな。前は素通りで、君に姉君へ挨拶する暇さえ与えなかった」
「そうでしたね」
「怒っているかい?」
「滅相もない。ただ、姉がどう思っているかは私にも分かりかねますが」
「それは怖いな」
苦笑の滲む声でエドワードは頭を掻いて見せた。どこか朴訥とした雰囲気は、腹芸ができるような印象を与えないことはもちろん、彼を侮らせるには充分だろう。
――だが、街一つを任されているジーンに小細工は無意味だ。
「あら、おかえりカタリナ。早い里帰りじゃない。公爵閣下を見限ったのかしら」
「姉様、お久しぶりです。閣下は見所のある男性だと思いますよ」
街に入り、ジーンの屋敷前について早々、カタリナ達は彼女に出迎えを受けた。
開口一番、当てこするような言葉で喧嘩をふっかけてきたジーンに、カタリナはにこやかに答えた。側でエドワードが笑う気配に、目線を彼へと流す。
エドワードは紳士としての軽い会釈をカタリナに行い、差し出されたジーンの手を取ると、その甲に口づける仕草をした。速やかに、流れるように行われたそれに、ジーンは満足そうに口角を上げた。
「お初にお目に掛かる。大切な妹御をさらった悪い男のエドワード・サリバンだ」
「まあ! まあ、まあ! 筋骨隆々の渋い御仁ならば、この手のひらを返し、心を尽くして歓迎していたところです」
「はは、流石はケイトの姉君。舌鋒鋭く溌剌としておられる」
カタリナの知るジーンはいつも嫋やかに笑いながら言葉の槍で武装している。流石に王弟にまで同じ口のきき方をするとは思っていなかったが、エドワードは一切気にした様子がなかった。それは連れてきた護衛や使用人も同じで、ジーンは直ぐにそれを感じ取ると片眉を美しく引き上げた。
カタリナに僅かに目配せをし、文句のつけようもないカーテシーを挟むと、エドワードを真っ直ぐに見つめる。
「順番が前後してしまいましたが、改めて。サリバン侯爵閣下にご挨拶申し上げます。ようこそお越しくださいました。どうやらおつきの方々をこちらでお預かりする必要はなさそうですね」
「ああ。皆僕より前に口を出さないよう徹底している」
「ですが、このような辺鄙な場所は皆様不慣れでは? 勿論、護衛の方々は訓練なさっているでしょうけれど、王弟殿下の使用人ともなれば、貧しさにあえぐことも、異国ほども違う文化と作法に慣れなければならないなどと言う事態に直面することもないはず。ここでしたらシェメシュ式の、最低限の歓待は可能ですけれど」
「私とカタリナは結婚した。それぞれの家の事情を把握しておくことは必須だと考えている。本当は調べ上げてから求婚するべきだったが、グルーバー伯爵領は特殊な場所ゆえ、情報の殆どが秘匿されていてね。その上、この近辺の貴族でさえ仮に情報があったとしても厳しいこの土地の情報に価値を見出していないときた。
お陰で、学者をねじ込んでも大した成果は得られなかった。すべてこの街で止められてしまったからね」
「……ふふ、カタリナはとんでもないお方の目をひいたようですね。我らがグルーバーの領域に足を踏み入れるには、少々お身体がか弱くいらっしゃったのですもの。安全のため、ここでお引き留めせざるを得ないのです」
屋敷に入る前から応戦するエドワードに、ジーンの目尻が下がる。エドワードは肩をすくめてみせた。
「ふう。今からこの街の奥へ通されるのが楽しみだ。私の出迎えに要人一人なのだから、何が出てくるのか予想できないな」
「ここは本来王弟殿下のような高貴な方のいらっしゃる場所ではありませんし、そのような方々の御前に出すような教育もしておりませんから。頭の下げ方で首を飛ばされてはかないませんもの」
「私の部下には手ぬるい忖度を許したことはないし、私自身、そこまで愚かではないつもりだが」
「まあ。そんなつもりはございませんでした。ただ閣下にお目見えするのに、無礼はないに超したことはございませんでしょう?」
「ははは、お気遣い痛み入る」
和やかな声色に反し、まるで剣戟が聞こえてくるようなやりとりにカタリナは閉口した。入るタイミングを間違えればカタリナの方が怪我をしそうで、じっと息と気配を殺す。
だが、それに気づいたのかエドワードが先にカタリナの腰に手を回した。
「気遣いついでに、少々休ませてくれ。ここで一度馬車を乗り換えるのだろう? そちらの準備は整っていることと思うが、こちらの物資の確認には多少なりとも時間が掛かるはずだ。目録を」
エドワードが目配せをすると、侍従が頭を下げながら冊子をジーンへと手渡した。
「殿下のお持ちものですもの。間違いがあってはいけませんからね。しっかりと時間をとって準備致します。おまかせくださいませ」
「勿論だ。君の辣腕は聞き及んでいる」
「うふふ、光栄です」
舌戦の後、ジーンは手を叩くと速やかに然るべき仕事を行うべく采配を行った。
それを見ることもなく、エドワードとカタリナは大広間へと通された。応接室を極端に大きくしたような内装は、まるで親族で集まるための居間のようで、居心地の良さを感じるものだった。
茶器や軽食が次々と運ばれ、トレーのままローテーブルに置かれていく。椅子は低く、ソファを硬くした様な形をしていた。
主要な護衛と使用人が同じように通される。まるで異なる作法に対し戸惑いがあるだろうに、カタリナには微塵も感じさせないほど静かだった。
使用人はエドワードの従者と侍従、カタリナの侍女、そして家令見習いと執事見習いがそれぞれ一人ずつ。
年頃は誰も彼もエドワードと近しく、改めて見てもエドワードの若さが際立つ。
護衛は五人いたが、こちらはどれも表情が硬かった。
「さて、ケイトに仕切ってもらおうか。ここは既にグルーバー伯爵領だ。現地に慣れた者のガイドが我々には必要だろう」
水を向けられ、カタリナははっとした。そして使用人の顔をうかがいつつ、口を開いた。
「まず皆席へついてください。ここでは身分はさほど意味がありません。精々上司と部下程度のものですから。……飲食も、過剰な野次や音を立てないのであれば自由にしていただいて結構です。トレーは人数分はありません。手を伸ばして取ることは決して無作法ではないので、ご自由にどうぞ」
まずはとカタリナは先陣を切った。軽食には野菜と肉が挟まれたピタパンサンドウィッチにスコーン、粉ふき芋にバターを乗せたような温かい食べ物が主流だ。飲み物も温かく、さっぱりとしたのどごしのものが振る舞われている。ジャスミンティとハーブティが主だ。
カタリナに倣い、エドワードが続く。従者が先に毒味をと申し出ようとしたのを制し、にこやかに舌鼓を打った。
すぐさま異なる作法をせよというのも難しいが、この場の主人二人が動いたことで、使用人は各々のマナーをもって口をつけ始める。
「耳を傾けていただければ手は止めなくてかまいません。食事はブリーフィングを兼ねることが殆どですから、大体は一気に済ませてしまいます」
「ふむ、流石に料理人や庭師といった専門職は別なのだろうが、上級使用人は同じテーブルにつくのか」
「そうですね。公爵家の立場で言うならば、騎士団の者達も加わることがあるでしょう。その日のスケジュールに合わせて多少顔ぶれは変わります」
何を言うべきで、何を言うべきでないかを考えながら、カタリナは続ける。
「姉の口ぶりから、本当にここはいわゆる中央やその他の貴族作法が異なることは感じていただけたかと思います。とはいえ、閣下が許可されるのであれば、ロイカルメン・スーでは伯爵領の使用人がシェメシュ式で対応できますが」
「しかしこれから君の実家へ向かうわけだからな。ここへはあと数刻もいまい。グルーバーの作法を予習しようじゃないか」
「……それでは……他に、何から話しましょうか。グルーバーの奥、当主直轄の街・ヴァツサは姉も申し上げたとおり厳しい土地です。それは比喩ではありません」
「というと?」
「奥へ行けば行くほど、全てが汚染されています。文字通り、肌を刺すような感覚を覚えるでしょう。それだけで死にはしませんし、健康面でも影響は殆どないですが……」
「慣れぬ者には確かに厳しいな」
「はい。姉がこのロイカルメン・スーで使用人や護衛を引き受けると言ったのは、そうと聞こえなかったかも知れませんが善意です。ヴァツサは、そこに居続ける意味と意義を見出した者、この地を終の住処にした者……そして伯爵家が秘匿している鉱石の採掘方法・加工技術を知る者だけが生活しています」
「私が御当主と話をしたのはヴァツサではなかったな。その手前だったはずだ」
「そうですね。シェメシュ王家に倣い、この地において死後の安寧を祈ることはグルーバーの仕事でもあります。ロイカルメン・スーだけではなく、汚染の強いヴァツサに住めない者達も死者に祈りを捧げられるよう、ぎりぎりの所に礼拝堂とグルーバー家の対外的な城がありますので」
鷹揚に頷きながら、エドワードは先を促す。
「ヴァツサの主力たる彼らを支えるために、職人達以外にも人は必要だろう?」
「はい。ヴァツサの規模はそれなりかと。もちろん、皆健やかに暮らすための工夫はしておりますから、多少不便はあっても、今健康な身体と心を持っているのであれば苦ではありません」
エドワードがさして興味を持っていないのは、その程度の事は既に知っているからだろう。そして彼の配下である使用人達もまた、エドワードと同程度の知識は持っているのかもしれない。
そこは伯爵領と似ている、とカタリナは思い至った。サリバン公爵家は小さく圧縮されたグルーバー伯爵領と言って良いほど、指揮系統が極めて近い。
「公爵家と最もやり方が異なるのは食事時の作法や上下関係、そして身支度程度でしょう。わたくしも実家にいた頃は、身支度は殆ど全て自分で行っておりました。ゆえに、普段の服装も……平民のように一人で着付けができるものか、多少凝ったものですと皆と共に行うことで時間を極力省略することが最も身近で分かりやすい例かと。いわゆる人の手が必要になるのは特別な装い……シェメシュの貴族として行動する時です」
「伯爵領にとっては不要で非効率な着付けという技術を捨てることにしたのだな。確かに常に貴人の着付けを行える人員を確保するのは伯爵領の生活上贅沢な人的資源の消費といえる」
「はい」
「食事の作法というのは?」
「今もそうですが、今よりも最も異なることは『同じ食卓を囲んだら、相手への信頼を示すために食器ごと交換し、同じものを口にする』ことでしょうか。これは特に移民や難民を受け入れるときに用いられるもので、グルーバーに居着いた者達は全員何らかの形でこれを経験しておりますし、承知しています」
「毒対策か」
「はい。同じものを分かち合うことで領民として認める意図もありますが、一番重要なのはそれですね。毒味はありません。強いて言うのならば、皆で毒味をするということです」
「即効性の毒を用いることを想定していないのだろうか?」
「席は事前に決めるものではありませんし、食事を挟む前には当主からグルーバーの者を害すればどうなるのかの説明があります」
「言葉だけか? 頼りないな」
エドワードはそこで言葉を句切ると、カタリナと目を合わせた。
伯爵領を出たカタリナに語れることは、そう多くはない。特に信頼に足る場所と相手でなければ、口から出る言葉は慎重に精査されたものに限られる。
心得ているようなエドワードの目配せに、カタリナは頷くことで応じた。
「ヴァツサは今のところ、グルーバー家の者でしか住むに足る場所にできませんし、誰かが取って代わるのは不可能ですので」
「なるほど……まあ、ヴァツサではもっと詳しく聞けるだろう。
グルーバー伯爵領に関する情報は少ない。ここで馬車を乗り換えてサリバン公爵家の意匠があるものから、グルーバー伯爵家のそれへ替わるわけだが……先ほどもカタリナが言っていたように、使用人の動きに関してもグルーバー家の動きに合わせる形になる。だが、それは決して私を信用していないというわけではないことを、皆、改めて心に留めておくように」
エドワードが皆の顔を見渡しながら告げる。一人一人目を合わせて確認しながら言葉を終えると、従者のウィリアムが控えめに手のひらを見せ、小さく挙手をした。
従者とは主人の近くに控える、ほぼ対等の立場を持つ特殊な存在だ。カタリナとは接点があまりないが、幼い頃からの付き合いで気心が知れている者が選ばれることが多い。
「いいぞ、ウィリアム」
「は。自分の不学について恥を忍んで伺いたいのだが、馬車の変更は安全の確保ということで間違いないだろうか」
「はい。その通りです。閣下の前で申し上げるのは……いえ、閣下の前だからこそ申し上げますと、この領で民草の生活に影響するのはグルーバー伯爵家です。大半の者は貴族の序列はおろか、王家についてさえさほど関心がありません。かろうじてロイカルメン・スーの商人たちが明るいくらいでしょうか。
ですから、ヴァツサでは見知らぬ家紋があしらわれた馬車はかえって危ないのです。馬車の外にいるのがどんなに知らない顔ぶれでも、彼らはグルーバー伯爵家の家紋があれば道を開けるでしょう」
「……それはそれは、なかなか強烈な事実だな」
王家よりもグルーバー伯爵家の方がこの地では絶対である、というのは不遜極まりなく、しかしエドワードに対し偽りを述べることも憚られたカタリナは目を伏せた。聖女の遺体から広がった『清浄の地』に住む者には、竜の遺骸の側で開拓を続けるグルーバーが異常に見えるだろう。
貴族の子ども達が莫大な金と共に集まる学園に入れられて、カタリナは幾度となく彼らとの価値観の断絶を感じたものだ。
「これから何度も申し上げる事になるかも知れませんが、わたくしたちは王家へ叛意など持っておりません。そのような時間の余裕も、そもそも軍もありませんので」
しかしカタリナはウィリアムの視線に自分のそれを重ねた。徹底的に管理された公爵家のやり方からして、ここにいる者たちがエドワードの本意でないことを行うのは考えにくいと気を持ち直したからだ。
思うところはあっただろうものの、ウィリアムも糾弾するような真似はせず、話をずらしていく。
「流石に武力がないのは問題では?」
「移民・難民の多い場所ですので武力での制圧も時には必要ですが、それよりも徹底した秩序を皆が遵守することが前提ですね。ここでは人の脅威より、自然の驚異の方が大きいので、人間同士で揉めている暇がありません」
「しかし、外から来た者達をグルーバーの秩序で統治するのは至難の業ではないか?」
「徹底的に話をすり合わせ、文化や風習に関しては許容できる限り自治を認めますが、基本的にグルーバーのやり方に不満があれば放り出します。わたくしたちは彼らが困窮していても困りません……というと語弊があるかも知れませんが、どのような者達であれ、『人』という枠組みに収まる者は結局、力でどうにでもなる脅威でしかないと言いましょうか……この辺りは、ご希望でしたら自治区も含め視察することは可能ですから、卿さえよろしければ話を通しておきましょうか」
頷くウィリアムに、ローテーブルに置かれていた紙を手に取り、カタリナがその旨を書き付ける。ジーンに渡せば速やかに父親に連絡が行くよう手配されるだろう。
ジャスミンティーで喉を潤し、慣れた手つきでピタパンにかぶりつく。それを見ていた侍女がつられるようにしてカタリナの所作を真似ながら口をつけるのを見て、流石に身元確かな貴族の女性をここへ連れてくるのは酷なのだろうと思った。当然、気が合って学生時代の多くをともにしたエルメス・キャンバス侯爵令嬢でさえ領地へ招待したことなどない。
交友関係を広げる目的も義務もカタリナ自身にはなかったが、それでも、どうしても他の貴族達と見ている方向が異なりすぎて、カタリナもまた他所のやり方に倣うことができなかった。エドワードにも指摘されたが、それは間違いなくカタリナに非がある行いだったと、今では冷静に認めることができる。
それはそれとして、不慣れな者にグルーバーの作法を指南することは慣れている。
既に侯爵夫人として嫁いだ身で、今更グルーバーという自分の持つ文化を骨の髄まで理解して欲しいなどとは望まない。だが、学園で自らができなかったことをここで繰り返すつもりもない。
ただ、エドワードが使用人達に見せたいものが見せられるよう整えようと、カタリナは改めて強く思った。
カタリナはその後、ポツポツと出てくる疑問に答えた。
執事見習いのベネディクトに「何故ジーン様の夫君はお出ましにならなかったのか?」と問われれば、「ある移民を受け入れる際に、その族長と伯爵家当主が盃を交わし、族長の息子と当主の娘として互いに縁を結んだため」と答え、家令見習いのゲオルグに「グルーバー伯爵領を治めるための人員はどのように登用するのか」と尋ねられれば、「当主や嫡子の管轄であるため、今すぐに答えられない」と迷いなく返した。
エドワードの侍従・チェスターとカタリナの侍女・アガサからはそれぞれいつも通りの仕事が可能なのかを不安視する声が上がったため、勿論だと頷いた。
護衛達は口を噤んでいたままだったが、「人以外で最も脅威なのは環境そのものだが、強いて言うならば王家の知名度と権威はヴァツサではないに等しいため、誰も王弟殿下の価値を重く見ることはなく、だからこそテロのような真似はされないだろう」と先手を打った。
「……ただ、わたくしの夫はどんな男なのかと野次馬が出てくるかもしれません。くわえて、そんな男の腕っぷしを見たいという輩も」
「それは……困ったな。別に身体能力が高いわけではないんだが」
「その時は絶対にわたくしが矢面に立ちます」
「頼もしい奥さんだが、何かあったとて多少のことで大事にするつもりはないよ」
そうして時間を潰しながら軽食で腹を満たすと、ジーンの柔らかな声に案内され、一行は馬車を乗り換え、一路、ヴァツサへと出発したのだった。
王弟殿下のかくしごと 宇野肇 @unoch_
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