第3回目

3話

「もうすぐ着くよ」

 もう正午になろうかという時間に目的の駅に着いて電車から降りようとする、よそ行きの格好をしている母親と制服姿の息子の姿があった。


 「ねぇ、一郎。場所ってあの喫茶店でいいのよね?」

 「うん。あそこで合ってるはず。もう着いてるんじゃないかな」

 一郎は中を軽く覗き込み中に待ち合わせの人が居ないか確認する。空席が目立つ店内に1人で4人がけのテーブルに座っている30代ほどの男がいた。

 

 「あ、見つけたかも」

 恐らく目当ての人物であろう人を発見した一郎は店内に入る。店員に待ち合わせであることを伝え、目的の席に近づく一郎とあかね。

 

 「あの、株式会社カラットの矢島さんですか?剣崎一郎です」

 「ああ、本日はよろしくお願いします。剣崎一郎君、剣崎君のお母さん、説明を担当させていただく矢島幸太郎と申します。一郎君の担当マネージャーとなりますのでよろしくお願いします」

 「よろしくお願いします。母の剣崎あかねです」

 矢島幸太郎と名乗った男は軽く2人に頭を下げ、互いに自己紹介をした後、本題の説明に入る。

 

 「一郎君、まずは採用おめでとう。最終確認だ、うちでVtuberとして、タレントとして活動してくれるってことでいいんだね?」

 「はい。カラットで働きたいです、精一杯やらせてもらいます」

 「うん、わかった。ありがとう」

 説明に入る前に一郎と目を合わせて真剣な表情で最終確認をする矢島。一郎も同じく目を合わせ、真剣に返答すると矢島は穏やかな表情でお礼を言った。

 

 それからしばらく矢島による契約内容の確認や報酬、仕事についての説明が続いた。一通り説明を終えると母であるあかねに姿勢を改めて言った。


「一郎君のお母さん、一郎君はこれから私たちの会社のタレントとして活動をしてもらいます。楽しい事もあるでしょうし辛いこともあると思います。私たちもサポートは万全にしますのでどうか一郎君を応援してあげてください」

 「...色々と心配だったことはそちらで説明を頂きました。家族で話し合った時に、私たちは応援するって決めたんです」

 サポートは万全にするから応援して欲しいと願う矢島にあかねはもう応援すると決めたと返す。何故かわからないが母の言葉に泣きそうになる一郎に矢島がいい家族ですね、と言うと顔を赤くして目を背ける一郎。



 「ああ、そうだ。お母さんには申し訳ないのですが、一郎君少し事務所に顔を出してみないかい?」

 「え、本当ですか!是非行かせてもらいたいです!」

 説明が終わり帰りの支度をしていると、矢島は一郎に事務所に来ないかと聞く。憧れの事務所に行けると目を輝かせる一郎。一方、あかねは帰りの支度をしながら今日の夕飯はお祝いにご馳走にでもしようかと考える。

 

 「今日はありがとうございました。これから一郎をよろしくお願いします」

 「こちらこそありがとうございました。これからの一郎君を応援してあげてください」

 喫茶店の前で矢島に深々と頭を下げるあかねに、矢島も返答しあかねはは別れた。一郎と矢島の2人きりになり、矢島が歩き出すと一郎は矢島をおいかけながら話しかける。

 「色々とありがとうございました。矢島さんが俺のマネージャーになるんですよね。改めてこれからよろしくお願いします」

 「いえいえ、これから一郎君は大変なこともたくさんある、我々も協力はするけど結局最後は自分自身の気持ち次第だ。本当に頑張ってね」

 一郎がお礼を言うとこれからが大変だと言う矢島。新人のタレントは多くが夢を抱いてこの会社に入ってくる。夢と現実の乖離に苦しんで活動を辞めてしまう人もいるため、矢島は少し脅すかのように一郎に忠告をする。これからが大変だ、視聴者は些細なことを見ている、自分はもう見る側じゃない見られる側なのだから、と。

 「覚悟は出来てます。俺はここでめいっぱい楽しみたい。矢島さん、見ててください」

 一郎の言葉に満足したのか矢島は軽く笑い、事務所へ急ぐ。

 


 喫茶店からそれほど歩くことなく事務所についた一郎と矢島。そこには大きな建物があり中に入ると綺麗なエントランスがありカラットのロゴがあった。おお、ここがカラットか、と感動する一郎に矢島は自分の後についてくるように言う。

 エレベーターにのり、しばらく矢島についていく。すると矢島が廊下を歩いていた男に声をかけられた。

 「お疲れ様です矢島さん。そちらの方は?」

 「ああ、藤崎さんお疲れ様です。こちら今回採用されたばかりの新人、剣崎一郎君です。剣崎君こちら藤崎千尋さんの魂です」

 魂というのはいわゆる中の人というやつであり、Vtuberの界隈では詮索するのはタブー扱いされている。

 藤崎千尋というのはカラット所属のVtuberであり、自虐ネタを持ち味とする人気ライバーである。当然一郎も知っており、思わずマジマジと見てしまう。アバターの姿にどことなく似ており、狙って寄せたのではと思ってしまうほどであった。

 

 「は、はじめまして。先日採用されたばかりの剣崎一郎です!よろしくお願いします!」

 「ふふっ、やっぱり初めてここに来ると緊張しちゃうよね。俺もそうだったよ。でも、大丈夫。スタッフさん含めてみんな優しい人ばっかりだよ」

 緊張気味に話す一郎に苦笑して、わかるわかると話す藤崎。矢島と少しだけ話をして、最後に一郎に向かって話した。

 「デビューしたらコラボとかしようね。応援してるよ剣崎君」

 去っていく藤崎に一郎は興奮した様子で矢島に話しかける。

 「あの藤崎さんと話しちゃいました!凄く嬉しいですっ」

 「あの人はベテランだけあって人当たりいいからね。人望もあるしさ。良かったね。応援してるってさ」

 藤崎はカラットの所属として昔から第1線で活躍し続けていて、人当たりの良さから社内でもライバー間でも信頼されている。応援しているとの言葉によかったねと笑う矢島。一郎は大先輩の言葉に感動していた。

 

 藤崎に会ったことでここがカラットなんだと改めて思い、喜んでいる一郎に矢島は話を続ける。

 「一応ここではライバーの方は本名では呼ばずにライバー名で呼ぶ決まりになってるんだ」

 「それは呼び方に慣れるためとかですか?」

 「うん、それもある。配信でうっかり本名なんて言ったりしたら取り返しのつかないことになるからね。あと、誰が誰かハッキリさせるってのもあるんだ。うちは所属してる人数が多いから関わりがないと本人の顔が分からないってこともある。だから、スタッフ含めてお互いその把握ってのも少しはある」

 たしかにVtuberというものがしては行けないと言われているのが身バレであり、本名バレである。それにカラットは業界の中でも所属している人数が多く、関係性によっては1度も顔を合わせないこともあるのだろう。

 決まりについては了解した様子の一郎に矢島は社内の案内を続ける。


 「これって限定販売だったやつ!」

 今までカラット所属のライバーが出した公式グッズが並べて展示されている一角は一郎が酷く興奮し、矢島は一郎が落ち着くまでそこから動けないほどであった。


 一通り案内が終わり矢島は一郎に質問をする。

 「一郎君。最後に君の同期たちとの顔合わせなんだけど、いつが都合いいかな?」

 「俺は学校の時間以外ならいつでも大丈夫ですよ!最悪休んでいきます!」

 「なら、来週末考えてるんだけど大丈夫?」

 来週末ごろに同期たちとの顔合わせを考えていると聞き、学校以外なら何時でも大丈夫であること、顔合わせが楽しみであると伝える一郎。

 「あ、そうだ。君は同期の中では1番年下だからね。緊張するだろうけど頑張って」

 矢島から同期たちの中で1番若いことを聞き、やっぱりかという気持ちと仲良くなれるか不安な気持ちがわきあがる。矢島からマネージャーとしての連絡先を教えてもらい、解散する一郎。


 家に帰宅し、パソコンを弄りながらこれからの活動に思いを馳せる一郎。どんなことをしようか。こんなことは出来るのか。ああいうことをしてしまったらどうしよう。だんだんと不安が増していき、どうにかなってしまいそうだった。夕食に呼ばれたことに気がつき、1階に降りると家族が揃っていた。

 その日の剣崎家の夕食はいつもより少し豪華だった。



 「今度の新人は若いなぁ。色々と大丈夫かね」

 「藤崎さん新人の子と会ったんですか?というか、新人さん事務所来てたんですね」

 ある会議室に入り、椅子に座りながらつぶやく男の言葉に反応した別の若い男が新人に会ったのかと質問する。藤崎と呼ばれた男はそうだと返し、この話はまた今度ね、と男を宥める。


 

 「中断しちゃってごめんね。それじゃはじめよっか」

 

 

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一般高校生はVtuberの事務所に採用されました。 ココット @kokokotto

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