Never Existed Before 1000
星が墜ちた日
「なぁ、魔導院ができた理由って、外宇宙から地球に生命体がやってきたから――で合ってるよな」
「なんだい唐突に」
赤石世界樹顕現事案。そう呼ばれる事件が、とりあえず解決して(その後も胃に穴があくような事件はあったけど)、やっと一息つけるようになった三月。仕事の合間の休憩時間に振り返り、思い出したように黒崎烈は口にした。
「いや、そういえば螺旋巴の前でそんな話をしたなって」
「合ってるよ。それで」
過労気味の星影総悟がカフェインたっぷりのエナジードリンクを飲みながら、黒崎の質問に答えた。
「ふーん。しっかし、そんなに危険な生物だったのかねー……見てみたいぜ。ある種、これも神話みたいなものだろ?」
「実話だよ。たしかに話のスケールが大きすぎて、神話っぽくはあるけれど。無限に自己増殖を続ける生物が各地で発生したら、それは一大事でしょ」
「そこがよくわかんねーの。無限に増殖って、たしかに脅威だけど、脅威なのか?」
「ド○えもんのバイバインって知らない? どら焼きが倍になって増えていくってヤツ」
「知らない」
バイバインの方が説明しやすいんだけど。と、星影総悟は苦笑した。
「じゃあ、プラナリアは?」
「あの、切っても切っても再生して分裂するっていうニュルニュルの生物か?」
「うん、あれと同じだよ。巨大プラナリアだと思えばいい。人間に危害を与えるわけではないけれど、存在そのものが邪魔で、巨大化しすぎる。挙げ句の果てになにもかも破壊する」
「よくご先祖様は完全駆除に成功したものだ」
でもプラナリアは肉食だったね。大きくとなると人間も食べちゃうか。と、星影は補足した。
「当時、あの螺旋遼遠が日本国内では陣頭指揮をとった、というのがもっぱらの噂さ」
◆ ◆ ◆
世界に星が降った。
キラキラと輝くことのない、黒い流星群。
多くは大気圏に突入する前に灰となり消えた。
しかし、それでも潰えなかった漆黒がこの星と衝突した。
◆
「綺麗な夜空だ。しかし、妙な悪寒もする」
「香示さんの予感はよく当たりますから、黙ってもろてもええですか」
雨のように振り出した流星を前に、香示は思わず足を止める。
「少し休もう」
「いまごろ、京の陰陽師も騒いでますよ」
「何事もないことを願うが……」
「おや、珍しいですね。京の連中が心配ですか」
「かような規模で星が動いたのはこれまでなかった」
「
「たしか、近年の飢饉の原因だと、今になって調べておったな」
「ええ。その第二波と考えるのはいかがでしょう?」
「どうだか」
腕を組み、ただひたすらに夜空を眺める。
「しっかし、なるほどなるほど。当時の貴族が騒ぎ立てたのも納得です」
辻丸がそう言って笑うと、大地が大きく揺れた。その衝撃は、足が勝手に地面から離れる勢いだった。
「――なんだ⁉」
「地震⁉ ほら! 香示さんの悪い予感は当たるんです!」
「喜々として笑うなよ……! そんな状況じゃあないだろう!」
香示が突然走り出したのを不思議に思って、辻丸は後ろを振り返る。わずかに思考を止めた後、後を追うようにして顔を青くしながら走り出した。
「な、なんですかこれはー!」
先ほどまで彼らが歩いてきた道はとうに消え、巨大な土埃が海嘯のようになって土地を呑み込んでいる。その場でじっとしていれば、香示たちもすぐに巻き込まれてしまうだろう。
「もっと走れ! 星が墜ちた!」
「そんなことありえんでしょうに!」
「ありえんことが起きている!」
その日は、眠ることができなかった。震源から離れるように道を歩いてきたが、真夜中だと言うのに大人も子供も関係なく、やたら焦った顔で情報収集に走り回っている。
歩いてきた方向を振り返れば、夜空をかき消すように煙が上がっている。おかげで煙の方向から歩いてきた香示と辻丸は何度も住民に声をかけられ、その度に足を止めた。
◆
「ええんですか、香示さん。逃げてますけど」
「逃げているわけではない。こうして高台に登っているだろう」
「あはは。てっきり避難のために登山しているのかと」
「ここからなら、街道を確認できる」
「…………香示さん、言うてもいいですか」
「なんだ」
「絶景ですな」
思いきり、香示が辻丸の頭をひっぱたく。断末魔のような悲鳴が隣で聞こえる中、香示は最悪の絶景を見て漏らす。
「京に当たっていれば、どうなっていたことか」
ごっそりと平地が削り取られたように、綺麗にくぼんでいる。
その中心からはごうごうと炎が上がり、土地そのものを喰らい、消費するように煙が上がっている。
嗅いだことのない匂いが風に混じっている。
泥とか、木とか。あとは……肉の匂いだろうか
◆
夜が明けて、被害の状況がはっきりと確認できるようになった。私は、いやだいやだと臆病に吠える辻丸を連れて、災害の中心へ向かった。
「結界を張ったか。悪くない対処だ。それに、珍しく対応も早い」
「きょ香示殿⁉ なぜこのような土地に⁉」
ギョッとした目で、一人の陰陽師が香示を見た。
「自分探しの旅の途中でございます。まったく贅沢な話でしょ? これだから貴族は」
この土地の陰陽師にそう伝えた辻丸の頭を強く叩く。
「いだだだだだ! 僕は真実を伝えただけです‼」
「それで、状況は。
「まだはっきりとは申し上げられません。ただ、凶兆であることに間違いはないかと。大穴の中心で、未知の物体が発見されております。しかも、次第に大きくなっていると」
「…………」
次第に大きくなる物体? 落ちてきたのは星ではなかったのか?
「しかし、驚きました。香示さんが来られていたとは……異邦の女が指揮を執り始めて、困っていたところなんです」
「異邦の女……?」
なるほど、それでこの手際のよさか。
「野次馬と言いますか……うるさいのがいまして……」
陰陽師が気まずそうに目線をずらす。私もそれを追うようにして目線をずらしていくと、ある人と目が合った。
「お。ようやく話のわかりそうなのが来たな。まったく、本来であれば私の仕事じゃないのに。面倒をかけてくれるよ。私は放任主義なんだがね」
「あれがお前の言う異邦の女か?」
耳打ちすると、京の陰陽師は小さな肯定の声と共に頷いた。
見たこともないような服を着ているが、異国の人間か? 容姿は我々とほとんど変わらないが――――。
「ん? なんだ? そんなにこの格好珍しい? 喋る言語は同じだろう? それに民族としても同じだ」
なにかただならぬ気迫を感じる。異能を扱う連中は何度も見てきたが、なんだこの深淵を覗いているかのような感覚は。
「まぁいいや。おい、お前。この惨状、いったい何が原因だと思う?」
むすっとした顔で、辻丸が女を睨む。
「身の程をわきまえよ。ここにおられるのは公卿の…………ぬわーっ‼」
珍しく、辻丸が我が配下としての仕事を果たそうと動いたが、話を遮って、女は辻丸を中空に浮かせ、ぐるぐると燕のように空を飛ばせてみせた。否、遊んでみせた。
「ははは」
とても、愉快だという顔で。
「……何者だ」
「螺旋遼遠。そうだな……星の護り手とでもしておこうか」
これから、九条香示の人生は常識から大きく逸脱するようになる。
人間からも、ただの貴族からも、陰陽師からも。
これは、後のイギリス魔導院――――宇宙から飛来した正体不明の異生物に対抗するための組織を生み出した、その一人の原点の物語。
魔法使いシリーズ/番外記録 九夏 ナナ @nana_14
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