Extra Episode / Witch and Vampire +20y
二十年。それだけの時間があれば、人は変わる。
嫌でも変わる。
歳はとるし、老けるし、当時学生だった野郎は社会人になって立派な歯車だ。
俺だってそうだ。真っ当な仕事ではないけれど、怪異退治を生業にしている。市民に大きな被害が出ていないのは、不躾ながら俺のおかげだ。
――――なんて思っているアラフォーの俺を見て、かつてのピュアな巴くんはどう思うだろうね。
ははは、昔からピュアではなかったか。
この俺、螺旋巴が魔術師としてこの世界に足を踏み入れたのは二十年前。まだ高校生だった頃の話だ。きっかけを振り返れば、なんて馬鹿げたエピソードなのだろうって思うけれど、別に後悔はしていない。
むしろ、魔術や怪異、そういう奇想天外なものと出会えてよかったなと思えているのだから。
解体殺人という事件は、そんな学生時代に起きた。
一つ上の先輩が、何度も人を殺す事件。連続殺人。転じて解体殺人。
被害は、通っていた高校でも発生した。
一人は見知らぬ生徒で、もう一人は当時一途に想いを寄せていた女の子だった。
後者が亡くなった事情は、ちょっとだけ、解体殺人とは違うのだが、解体殺人の振り返りを今になってするのであれば、彼女も同じようにこの事件の被害者としてカウントする。
両想いだったと思う。俺はその子の事が好きだったし、相手もきっと、俺のことを好きでいてくれた。それでもカップルとして成立しなかったのは、両者共にそういうのが下手くそだったからだろう。
殺害されて始めて、それを後悔した。自分がどうにかなってしまいそうなくらい、激情に駆られた。
突然の死。
解体殺人の被害者家族だって同じ気持ちだっただろう。
人が死ねば、誰だってショックだし、誰だって闇を抱える。
けれど、それでも前に進まなければならないのが人間で、それが現実だ。
今回の怪異は、解体殺人を公にするという目的を持って生まれ出た亡霊だったわけだけど、根幹にあったものはもっと別のものだと思う。
あの事件を誰も知らないなんて馬鹿げている。私たちをちゃんと弔え。
ではなく、私達がいたことを忘れてほしくない。
二十年も経過すりゃ、記憶にはもやがかかる。写真でも残っていなければ、好きな人の顔だって忘れるだろう。
時間というのは時に残酷だ。
あの事件で未亡人になった女性も、再婚して前を向く。
死んだ夫からしてみれば、一体どんな気分なんだか。
幽霊が登場する漫画とかでは、みな等しく、「妻には幸せになってほしい」と言うけれど、全員が全員そうではない。ずっと自分のことを引きずっていてほしいようなヤツもいる。俺だってきっとそうだ。
赤の他人と妻が幸せになっている様など、見れたもんじゃない。
ずっと引きずっていてほしい――――ずっと、忘れないでいてほしい。
表面上は、事件を公表しようと動いていたけれど、二百余名の魂が同じ願望を持って、洲本神父になったとは考えにくい。
自分達の事を忘れないでいてほしい。という願いもまた同じように存在していたのなら、そちらは成就されたと見ていいだろう。
それが魔術的に良いことか悪いことかは置いといて、現に鋼戸天井崩落事故の慰霊碑の前に、以前は見なかった花が手向けられていた。
地下街は事件後新造されたワケだけど、天井が崩落したとされている場所には今も小さな慰霊碑がある。駅前で働くサラリーマンなら、毎日目にするものだ。
俺も毎日ではないものの、目にすることはよくある。だから、小さな変化にも気づくことができた。
もっとも、洲本神父の件が終わった後に気づいた話ではあるが。
事故発生日などは二十年経った今でも、花が置かれていることはある。
だが、第三者からして何の変哲も無い水曜日に、花が置かれているというのは、珍しい光景だった。
きっと亡くなった人の誕生日だったのかもしれない。
かつて愛飲していた缶ジュースと共に、慰霊碑の前には仏花が置かれていた。
被害者家族にとっても、振り返るには良い機会になったということだ。
かくいう俺も、こうして墓前に足を運んでいるあたり影響されたのだろうな。
「時雨さん――ッスか」
同伴していた岩座守は、普段とは違い、比較的まともな服装に着替えている。
ギラギラしたピアスも付けてない。場所はわきまえられるヤツだ。
「悪いな。自分で運転できないものだから」
「いいッスよ! 俺は巴さんの弟子件、ドライバーッスから!」
時雨雪。一連の事件で二十年前に殺された少女の名だ。
線香を上げて、手を合わせる。
ここに来るのはしばらくぶりだった。忘れていたわけじゃないけれど、俺は、ある理由から、彼女のご家族に嫌われている。それで、中々参ることができなかった。
「師匠の好きな人、ッスか」
「あぁ。好きだった人」
それを聞いて、鷹彦はニヒルに笑う。
「いいッスよ! 俺、口は堅いんで!」
「………………」
「あ、あはは、黙るのはやめましょうよ。そんなに信頼されてない…………?」
「信頼はしている。だがお前は蒼の前だと好き放題言いふらすクセがある。口が堅いとは言えない」
「そんなこと――――あるか」
「自覚しているのかよ」
「あ、あはは!」
コイツ、また何か隠しごとをしているな。何を喋りやがった…………。
「まぁしかし、テンカワよりは信頼しているぜ? あいつの前じゃ言えない事だがな」
付き合いもお前の方が長いし、当然と言えば当然だが。
「お! なんスか⁉ 師匠のツンデレ発動ッスか⁉」
何でそんなに嬉しそうなんだよ。
「ふん!」
頭に一撃。
「ひでぶ」
「――さぁ、帰るぞ」
「え? いいんスか? もう?」
「いいんだよ。さっさと行くぞ、鷹彦」
「あ、いや、ちょっと待ってくださいよーッ!」
墓前には、白い仏花が供えられている。
それは、かつて恋した少女を思わせるような美しい花だった。
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