第65話

 コマツの葬儀は彼の死の3日後、各地の代表者の到着を待って行われた。場所は太平洋の深海、直径200メートルほどの移動式球体の内部だった。そこでは重要人物の葬儀に限らず、各種イベントや会議が行われる、いわゆるカッパ族の国際会議場だった。


 アムロは難色を示したが、それを押して健太は葬儀に参列した。


 ヒカリゴケが淡い光を放つ内壁には、壁に張り付くように透明の通路と座席が並んでいて、中央にコマツの遺体と祭壇が宙に浮いていた。ドームの底にはコバルトブルーの液体が小さな池を作っている。


 座席はほぼ満席だった。世界の各地から集まった数千に及ぶカッパが、コマツの遺体を見つめて祈りを捧げている。


『Лскаiqтразлскичениwzнски……』


 ドームに木霊こだまおごそかな祈りは、健太には理解できないカッパ語だ。言葉は理解できなくても、その声音はレクイエムのように感情を刺激した。


 アムロの隣の座席、健太はコマツの亡骸を見下ろしながら泣いていた。彼との付き合いはわずかな期間でしかなかったが、まるで父親を失ったような喪失感があって、涙を止めることができなかった。


 だからだろうか、普段は瞳を赤くして敵意を向けるカッパたちが、健太を見ても目の色を変えることはなかった。


 ベールをかぶった聖職者が遺体に向かう。透明の通路を移動する彼女は、空気の上を滑っているように見えた。


『Лсклскичениwzаiqтраз、Лсклскиче……』


 祈りを捧げた聖職者がコマツの頭の皿に手を重ねた。


 健太には、彼女が何をしているのかよく見えなかった。その結果が分かったのは、彼女がコマツのそばを離れた時だった。コマツの頭から白い皿が消えていた。


『Лсклскичениwzаiqтраз、Лсклскиче……』


 祈りに送られ、コマツの身体が球体の底に向かって静かに下りていく。


 やがて彼はコバルトブルーの液体の中に消えた。


 聖職者が祭壇を離れてアムロのもとにやって来た。彼女は、健太を一瞥してからコマツの皿をアムロに授けた。


「Лсклс-аiqтраз……」


 彼女らがやり取りを済ませると、カッパたちは葬儀会場を後にした。


 アムロはコマツの皿を胸に抱いて彼の冥福を祈った。


「やあ、福島君、……コマツのことは残念だった」


 タロウが声をかけてきた。ムロイも一緒だった。


「タロウさん、戻ったのですね」


「あぁ、交渉は一区切りついた。あの世で兄も喜んでくれるだろう」


「アメリカ政府も納得したのですね?」


「うむ。中国には負けたくないらしい。アメリカが折れないなら、中国を優先してやると脅かしてやった」


「そうですか……」


「アメリカが折れたら、日本も追随したよ」


 タロウの交渉力には舌を巻いた。


「スナイパーの娘さんとは和解できましたか?」


「あ、ああ、……高いアクセサリーを買わされたけどな。困ったものだ」


 彼は、やれやれとでもいうように首を振った。


「父さん、困ったのは私の方よ」


 ムロイが小突いた。


「もし、……もしだけど、コマツが放射能で侵されなかったら、あとどのくらい生きられたのかな?」


 アムロに聞かれないように、小声で尋ねた。


「そうだな、平均寿命から言えば、あと100年ほどだ」


「100年……」


 つぶやき、アムロに目をやる。彼女はまだ深い悲しみの底にあった。憂いに満ちたその顔に、100年の重みを感じた。


「福島君のお蔭で、ことは動き出した。礼を言うよ」


「そんなことを言われても嬉しくはありません。元々は、私たちの過ちでした」


「君が謝ることはない。地上まで、送って行こう」


 彼が健太の胸をポンとたたいた。


「ありがとうございます」


 健太はアムロに目をやった。彼女はまだ悲しみから這い出せずにいた。


「アムロなら大丈夫だよ、強いから。……きっとまた会える。帰りましょう」


 ムロイが慰めた。


 タロウが先頭になって港のブロックに向かう。


「タロウさん、相談があります」


「ん?」


「僕がカッパの国で暮らすことはできませんか?」


「なんだ、アムロのそばに居たいのか?」


「ええ、まあ……」


 半分はタロウの言う通りだった。残りの半分は、人間の社会から逃げ出したかったのだ。就職に失敗して陥ったアルバイト暮らしの人生。そこに希望を見出すことはできなかった。ならば……。


「君は、カッパの国に来ても成すべきことがない。それよりも、自分のいるべきところで、使命に忠実でありなさい」


 タロウの返事は胸に堪えた。

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