第62話

 その日は国際連合本部ビルに近いホテルを予約していた。


 そこへタクシーで乗り付けたアムロたちは、カッパの姿のままホテルに入った。すでに国連総会にカッパが登壇したセンセーショナルな事件は速報されていて、コマツとタロウ、アムロはロビーで大歓迎を受けた。アニメのミュータントと誤認されることもなかった。


 ロビーで写真撮影と握手を求められたコマツたちはにこやかに応じた。その周りを従業員だけでなく、宿泊客が輪になって取り囲んだ。彼らは、カッパたちが人間の言葉を話し、動くたびに拍手をし、歓声を上げた。まるでハリウッドスターや大統領に対するようだった。


 そうした群衆の中に、健太は輸送機で世話係をしていたあの女性を見つけた。スナイパーだ。


 タロウの命を狙っているのか?……健太は彼に教えようとしたが、人が多くて彼らに近づけない。仕方なく、四つん這いになって群衆の足元をかき分けて前に進んだ。


「キャー!」「Ohoooo!」「ヘンタイ!」


 悲鳴や怒号が飛び、蹴飛ばされもしたけれど、前進し続けてとうとうタロウの前に着いた。


「あの女がいます。スナイパー」


 伝えると、「そうか」と彼が応じた。落ち着いたものだ。


 さすが、タロウだ!……健太は感心した。まさに地球を救うヒーローだと思った。


 彼はコマツとアムロにカッパ語で話しかけるとチェックイン・カウンターに上った。それにアムロとコマツが続いた。


「宿泊客の皆さん、アメリカ国民の皆さん、そして全世界の皆さま方、ありがとう。これからも仲良くやっていきましょう!」


 彼らは小さな手を振り、突然のセレモニーに幕を引いた。


 コマツたちにはそれぞれ別々のスイートルームが与えられた。もちろん健太にも。……それはあまりにも豪華な部屋で、庶民の健太は椅子に座ってもベッドに横になっても落ち着かなかった。


 窓の外、イースト川の流れの手前に国際連合本部の建物が見える。そこでのコマツの演説風景を思い出し、再び泣きそうになった。


 「量の問題に見えて、実は質の問題だ」というタロウの言葉を思い出す。個人の生きざまと社会の持続性の対立、……いや、タロウはそれを対立とは見ていない。アムロも、おそらくコマツも同じ考えだろう。


 健太は頭を振った。出来の悪い自分の脳味噌が恨めしい。


 ふと思う。自分の頭の出来の悪さの原因は、どこにあるのだろう? DNAなのか、勉強をしなかったことにあるのか? 勉強のできる環境を与えなかった世の中にあるのか? あるいは出来の良し悪しを決める評価基準の問題なのか?……それこそが量の問題ではなく、質の問題なのだろうと思う。


 なんとなく、タロウの話が見えてきたような気がした。


 ふと思いつき、内線電話の受話器を取った。本来ならコマツに尋ねるべきなのだろうけれど、アムロの部屋に掛けた。


『何か用事かい?』


 その声はとても冷めたものに聞こえた。それで訊くのは躊躇われたが、電話を切るのはもっと躊躇われた。


「あ、……うん。これからのことだけど……」


『ボクらの?』


「あ、……いや、〝核〟のことだよ」


『……〝核〟のどういうこと?』


「この通話って、盗聴とかされているのかな?」


『されていても問題ないよ』


「そうか。……今日の演説だけで終わりなのかい?」


『まさか。実質的な協議はこれからだよ。これからはIAEA国際原子力機関が相手さ。事務総長の口利きで、すでに話は始まっているんだ。叔父さんがやっている』


「そうなのか……」


 ホッとしたと同時に、寂しいものを覚えた。


 タロウは、いや、アムロはどうして今まで、それを教えてくれなかったのだろう?……自分が未熟だから、と分かっていても釈然としなかった。


「……夜な夜な、タロウさんが出かけていたのは、そのためだったんだね?」


『いや、叔父さんが出かけていたのは夜遊びさ。今、IAEAの担当者がここにいる。叔父も一緒だよ」


「なあんだ……」


 自分が呼ばれなかったのは戦力外通告なのだ。……納得した時、ふと疑問にぶつかった。


「……エッ、おかしくないかい? IAEAは核技術の推進機関だよね? アムロたちの主張と対立する組織じゃないか!」


『だからさ。彼らの仕事を奪う流れになっては、彼らが反対勢力の中核になるだろう。そうしないために……』


「根回しかい?」


『……いいや、カッパ族の技術の世界利用の推進をIAEAに任せるのさ。もともとIAEAは、原子力の軍事利用防止も担っている。彼らなら、人類を原子力からカッパ技術への移行の一翼を担えるだろう。……おっと、叔父さんが呼んでる。こっちの話が済んだら、そっちに顔を出すよ』


 そう告げてアムロが電話を切った。


「なぁんだ……」吐息がこぼれた。


 そっと受話器を置き、再び窓際に立って景色に目をやった。


 アメリカ政府の諜報機関が今の会話を盗聴していたら、きっと、慌てふためいているだろう。


 アメリカ政府は国際連合への拠出金を止めると言い出すかもしれない。しかし、推測だけれど、カッパ族は莫大な金を保有している。当面、彼らがアメリカに代わって国連を支えることもできるだろう。


 そんなことを想像すると腹の底から笑いが込み上げた。


 その時、背後で扉の開く音がした。


 オートロックのホテルの部屋に誰が侵入したというのだ?

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