第61話
コマツを先頭にタロウとアムロがステージに上がると、世界各国の代表者たちが立ち上がって拍手を送った。ほとんどの人間はカッパを見ることが初めてだったから、その注目度は並大抵のものではない。
健太は職員に案内されて傍聴席に着いた。
「これをどうぞ」
職員に手渡されたのは同時通訳のヘッドフォンだ。
「ありがとうございます」
「では、後程」
職員が遠ざかると心細くなる。無意識に、各国代表席に並ぶ小さな国旗を目で追っていた。日の丸の旗を見つけるために。……言葉の通じない孤独な世界。そこに日本人がいたら安心できる。本能が仲間を欲していた。
日本国の国旗を求めながら、理性は批判的だった。日本政府が国内の意見を早くまとめることができたら、壇上で演説する名誉は彼らに与えられたはずだからだ。三つの原子炉がメルトダウンするという史上まれな大事故を起こし、世界の注目を浴びた日本。震災時には秩序ある行動で世界の称賛を浴びながら、その後の原発事故の対応ではその場しのぎの対応に不信の目を向けられた。しかし、カッパ族の提案を
会議場に並ぶ国旗を追っていて驚いた。中国国旗のある席に、あの珍満金の姿があったのだ。
彼がなぜ中国代表の一員に?……頭が混乱した。
彼と視線が合った。彼はニッと笑い、健太は睨み返した。殴りかからずに済んだのは、大きな拍手が沸騰したからだ。
ステージの中央にコマツが立っていた。見ると、足元には高い踏み台がある。
「
彼が話し始めると、会場がシンと静まった。
コマツの演説は、流暢な英語だった。とても健太が聴き取れるものではなかった。もちろん、同時通訳を期待してヘッドフォンをかけた。
『
流れる音声は中国語だった。
ガッデム!……心の中で叫んだ。
何故、中国語なんだ?
あいつの嫌がらせなのか?……珍満金のほくそ笑む顔が脳裏をよぎった。
しかし、そうではないだろう。珍満金にしても、そんなに暇でもなければ、こんなに大がかりな悪戯ができるはずはない。100パーセント、国連職員のミスに違いなかった。
国際機関とはいえ、ミスは犯すのだ。……ステージ上の事務総長の顔にも親しみを覚えた。
コマツは淡々と、それでも言葉には抑揚をつけて話し続けていた。時折間を取って会場を見渡し、拍手を受けた。
拍手が、演説を妨げることもあった。彼は話しを止めて拍手がおさまるのを待つ。それでもおさまらないと、水かきのある小さな手を上げて人々を制した。
健太は英語は理解できなかったが、演説の内容は控室でタロウが話したものと似たものだろうと考えていた。カッパ族の気持ちは、言葉にされなくても身に染みている。
「……
各国代表が立ち上がって拍手を送る。立ち上がらなかったのは核保有国の面々だった。コマツたちと交渉途中にあるアメリカも立たなかった。ただ、拍手はしていた。
「
賛美の歓声が舞う。
コマツたちは拍手に送られてステージをおりた。
健太は自分の頬が濡れ散るのに気づいた。コマツの言葉は皆目理解できなかったのに、胸の奥が熱くなっていて涙が勝手に流れ出すのだ。
慌てて涙をぬぐい、席を離れた。その背中に珍の視線が向けられていたが、もはや、全く気にかからなかった。
控室でコマツたちと合流した。
「良かったよ」
演説は理解できなかったが、興奮がそう言わせた。
「理解できたのか?」
タロウにつっこまれ、頬が熱くなった。
「顔が赤いよ」とアムロ。
「同時通訳が中国語なので頭が痛くなった」
ポリポリと頭を掻いて誤魔化した。
「ヘッドホンを取ればよかったろう」
「なるほど」
同時通訳が中国語だと知った時、ヘッドホンはすぐに外していた。……嘘を誤魔化すにはもう一つ嘘がいる。結果、間抜けと思われたけれど自業自得だ。
総会議場を出たところで尋ねた。
「これで隈川の汚染は解消に向かうのかな?」
すると、アムロが苦笑した。
「健太は、まだ未熟だな」
「隈川をきれいにしてカッパ国の放射線量を減らそうとしたら、川底を悪戯にかき回すことになる。その作業のために多くの生物が死に絶えるだろう。あるいは多額の費用を計上し、財政が傾いて日本経済が破たんするかもしれない。それでは元も子もない。……確かに、カッパの命は大切だが、生命は連続してこその生命だ。個と社会、……それは量の問題に見えて、実は質の問題だ。それを問題化させないために兄は努力しているのだ」
タロウが積極的にまじめな話をするのは珍しい。国連総会と言う場は、タロウにとっても刺激的なところだったのだろう。
僕にとっては、まさに場違いだ。……健太は泣きそうになるのをこらえた。
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