第60話
とうとうその日がやって来た。コマツが国連総会で演説を行う日だ。そのためにアムロは世界中の政府に接触し、段取りを進めてきたのだ。
ホテルのロービーに顔を見せたコマツやアムロはひどく緊張していた。タロウは昨夜も遊び惚けていたようで、寝不足で目を赤くしていた。
健太は、昨夜、アムロとすごした時のことばかりが頭に浮かんで落ち着かなかった。後悔、……そんな感情とは異なる太い棘のようなもので生じる刺激が、頭や胸のいたるところでジクジク、ズキズキ、ドキドキしていた。
ホテルをチェックアウトした4人はセントラル・パークに足を運び、カッパは変身を解いた。
タクシーを拾い、タートル・ベイの国際連合本部ビルに向かった。
本部ビルの前に事務総長が出迎えに出ていた。
「カッパ族の皆さん、お待ちしていました」
日頃から世界平和と核兵器廃絶に熱心な彼の顔は希望に満ちていた。彼の案内で、控室に入った。
「原発事故では、皆さんにも被害があったでしょう。とにもかくにも、汚染のない美しい水を用意しました。召し上がってください」
ミネラル水をすすめる彼は同情的だった。
「隈川のカッパ族にとって、原発事故は不幸な出来事だったが、それだけを悲しむのは木を見て森を見ないことだ。まず森という環境を救い、その中で、木の一本一本を救わなければ、結局共倒れになってしまう。森が茂るときには、大木の下の低木は往々にして枯れることが多い。その問題を解決するために大木を切るような愚を犯してはいけないのだよ……」
タロウの話に事務総長が大きくうなずいた。
タロウはミネラル水を嘴に含むと更に話し続けた。
「……すべての生命には寿命があり、その尽きるときは個体によっても違う。それは個体の持って生まれた運命と生まれた社会の大勢の中で変わっていく。相互関係にあるのだ。今、隈川の底を総ざらいすれば、カッパ族の環境は多少改善されるだろうが、それによって命を奪われる水中生物は多い……」
健太の脳裏を、コマツが釣り上げた魚たちが泳いだ。
「……福島君は、カッパだけでなく、それらの生命をも救うアイディアを持っているか?」
これまでの人生、ぼーっと過ごしてきた健太に、その答えがあるはずなかった。それができるのは日頃から悩み、考えつくした人々だけだろう。タロウがそれを知ったうえで、問いかけているのは分かっていた。そのことを卑怯だとか、姑息だとか言える資格がないことも分かっている。
健太は唇を真一文字に結び、首を振った。
「人間同士で語り合う時は人間だけを救うことを考え、カッパに友人ができると人間とカッパのことだけを考え、……それでは地球はもたない」
タロウが健太の肩に手を置いた。
「人間が人類の生存を優先するのは、生命として当然のことだ。カッパ族か人類のどちらかしか生きのびることができないとしたら、カッパ族はカッパ族が生きのびる道を選択するだろう。しかし、今はまだ、そんな時期ではないし、そんなことはめったに生じるものでもない。常に、無限の可能性が私たちには与えられている」
タロウは周囲を見回した。健太とアムロは眠そうな顔をしてた。コマツに至っては船をこいでいた。しかし、事務総長と多くの職員が次の言葉を期待していた。
「ふむ……」サービスとばかりに嘴を開いた。「……昔、ムーとアトランティスが戦った後、人類とカッパ族が共に生きられるよう、カッパ族は水中生活を選択したのだ。その時、カッパ族は水中で生きるための技術開発で多くの同胞を失った。しかし、それが長期的に人類とカッパ族の共存になるという信念があったから耐えることが出来た。……今だって同じことなのだ。みんな同じ船の上に乗っている。当たり前のことだが、進化と発展のためには、失敗や犠牲がつきまとう。できるだけそれによるリスクを抑え込むのが、知恵というものだ。大型原子炉の廃炉も、そんな知恵の一つにすぎないのだ。……今回の件で大型原子炉が減り、新たな核のゴミの発生は減るが、すでにある核のゴミの問題が解決するわけではない。そのゴミ問題に人類には挑戦してほしいし、その責任と義務がある、と私は考えている」
突然、事務総長がタロウの体を抱え上げた。
「グレイト!」
彼はタロウを抱きしめて顔をこすりつける。
「よせ!」
タロウが抵抗する声で、コマツが目を覚ました。
「タロウ、スバラシイ、アイシテマス!」
興奮した事務総長は、タロウへのキスを止めない。
「よせ。私は、男は嫌いだ」
タロウは力ずくで事務総長の手を振りほどき、健太の後ろに隠れた。
ノックがあってドアが開く。顔を見せた職員が、総会の時間だと告げた。
事務総長を先頭に、コマツ、タロウ、アムロ、健太の順で総会議場に向かう。
ここで演説するのか!……時折ニュースに映る総会会議場は広く厳かで、健太を圧倒した。もちろん、そこで演説するのはコマツだけなのだが……。
コマツたちは壇上に向かう。
「ミスター・フクシマ、あちらへ」
「へ……?」
職員に指示され、健太は傍聴席に向かった。気分を害したわけじゃない。むしろホッとしていた。
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