第59話
健太たちは鉄道でニューヨークへ移動した。国連総会でコマツが登壇するまで5日あった。彼はホテルから出ることなく体調の維持管理につとめたが、タロウは夜な夜な街へ繰り出し、女性をホテルに連れ込んだ。
健太とアムロは観光を楽しみながらその時を待った。健太の顔は日本の報道で知られていたけれど、アメリカ人には東洋人ののっぺりとした顔を見分けるのが難しいらしく、眼鏡をかけただけで、どこに行ってもカッパと一緒にいた日本人だとばれることはなかった。
身も心も女性になったアムロは、毎日違った姿形に変身し、違った人格を楽しんでいた。最初はショートヘアーのOLで、その次は金髪のヤンキー娘、次はポニーテールの女子高生だった。
四日目の今日は、金持ちの令嬢風で、腰まである栗毛の長い髪と胸元の開いたドレスで健太の心をざわつかせた。
ホテルに戻ってから尋ねた。
「毎日、顔を変えるというのはどういう気分なのかな?」
健太は長い髪をかき上げるアムロに見入っていた。
「どうということもないよ」
アムロが首を振るとCMのモデルのように長い髪が宙を舞って、健太の鼻をくすぐる。鼻がむずむずして、くしゃみが飛び出した。
「どうということもないのに、変えるかな?」
ティッシュを鼻にあてると香水の匂いがした。ホテルのおもてなしなのだろうが、臭いが強すぎると思った。くしゃみが連発した。
「そんな質問をするところを見ると、同じである必要があるのかい?」
「本当の自分を見失ってしまうというか……」
「カッパのボクが人間に変身した時点で、本当ではなくなっているからね」
令嬢姿のアムロが立ち上がる。すらりとした肢体が目をとらえて離さない。
その姿を褒める言葉を考えた。それを言おうとした刹那、アムロがカッパの姿に戻った。長い髪のウイッグとドレスが足元にふわりと沈む。健太の気持ちと共に。
僕は人間に化けたアムロを好ましく思っていたのだ。……本音を隠すため感情を殺して言った。
「それはそうだね」
「ボクは姿形などに囚われたくないと思うな。だから化けるのはどんな顔でもかまわないんだ。ただ、違った顔かたち、人種になることで、いろいろな人の気持ちを知ることができるような気がしたんだ」
アムロの話は、痛烈な皮肉だった。
「役者みたいなものかな?」
自分の心の痛みを悟られまいと、平然を装った。
カッパ姿のアムロは、絨毯の上を行ったり来たりしながら、人差し指を上げて「そうそう。それだよ」と言った。
「役者は、本当の自分を見失うのかな?」
アムロは立ち止まり、振り向いた。
「そんなことはないと思うけど、役が抜けない人もいるらしいね」
健太はテレビ番組でインタビューに応えていた俳優の言葉を思い出していた。
「なるほどね。もしかしたらボクはそんな状態なのかもしれない」
「役が抜けない?」
「カッパの役がね」
それは不思議な話だった。アムロはそもそもカッパなのだから。
普段なら笑うところだが、完璧なニューヨークの夜景がそれを拒んだ。
アムロが、何かを思いつめたようにゆらりゆらりと部屋の中を歩いている。
「何か悩み事でもあるのか? いつものアムロらしくない」
びくりと震えたアムロがカーテンを閉めた。
「話しておきたいことがある。ライトを消してほしい」
健太は天井灯を消し、ベッド・スタンドの黄色い明りだけを残した。
「健太には一度見られた」
アムロはそういうと体をかがめ、足元から緑色の皮膚をめくり始めた。それはバナナの皮をむくように前の部分と左右の部分との三つに分かれた。頂点は頭ではなく、背中の甲羅だ。尖った口もチタン合金の皿も、すっぽりと甲羅に納まる。
皮がむけると、中から現れるのはバナナと同じ白い果肉……、いや、裸体が現れる。見た目は人間と全く同じだが、全身に全く毛がないところは、人間よりもバナナに似ている。
「驚いたかい?」
皮を脱ぎ捨て真っ白の素肌をさらしたアムロ。突出していたアヒルのような口も、頭の上の皿もない。胸はわずかに膨らみ乳首があった。ヘソもあった。その下は……。
健太は瞼を閉じた。
彼女が健太を見つめる。その表情は緊張と恥じらいでわずかにひきつっている。
「しっかり見てくれ。これが、カッパの中身だよ」
恐る恐る目を開ける。彼女と視線がぶつかった。
「人間と同じだろう?」
彼女が小首をかしげた。
健太は何と答えてよいのか分からない。ただ、じっと小学生のような体形のアムロを見つめた。
「どうしたんだい? 何か言ってくれ」
アムロの大きな瞳が不安に揺れている。
「こうしてウイッグをかぶれば、人間だよ」
アムロが足元からウイッグを拾って頭に乗せた。長い髪のそれは、アムロの尻まで隠した。彼女の外見上は、長い髪が不自然だけれど、人間と言われれば人間だ。
「おかしいかな?」
アムロの恥じ入る表情は乙女のようだ。
「いや、そんなことはないよ」
アムロがソファーに腰を下ろす。
青年と裸の少女が向かい合う構図は、犯罪の匂いでいっぱいだった。
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