第57話
輸送機を降りた健太たちは、基地内の会議室に案内された。
交渉相手は国務長官を責任者とした10名の男女で、ジョージは席の端に座った。出席者だけを見ても、アメリカ政府の本気度が分かった。国家として、あるいは軍として、タロウを排除する意思がないと、健太は察した。
カッパ族とアメリカ政府の代表団は、形式的な挨拶を交わした。
「1980年代のアニマキャラに似ているな。ミュータントなんとか、と言ったが……」
国務長官が感想を述べると、タロウがムッとした。
「当時、レーガンにも話したのだが、アメリカ人はカッパとカメの違いを学ぶべきだ」
「あなたは、キュートだ」
タロウを無視し、国務長官はアムロに笑みを向けた。
カッパとカメを混同する彼に、アムロのキュートさが分かるのか?……健太には不思議だった。
不思議な空気感の中で交渉が始まった。
最初にコマツは、伊達や片倉に説明した時のように、アムロを使ってアメリカ政府にカッパ族の科学技術の一端を示し、核技術の放棄と引き換えに、カッパ族の発電技術の提供を申し出た。
カッパ族の提案は日本政府に示したものと同じだ。それをアメリカ政府は受け入れないだろうということを事前に聞いていたので、もちろん健太自身もそう思っていたのだけれど、真剣に交渉の状況を追いかける意欲がなかった。大きなテーブルの端に座ってコマツやタロウが国務長官と英語でやり取りする様子をぼんやり見ていた。
「アメリカ政府は、カッパ族のエネルギー技術の提供を受けたなら、研究用と医療用を除くすべての原子炉を廃棄する用意がある。当方に希望があるとすれば、その技術の独占権を得たい」
国務長官の隣に座った赤ら顔の男性が熱く語った。
「独占権は与えられない。カッパ族の技術は、特定の国家や民族に提供するのではなく、地球環境改善の一助とするため、地球上のすべての生命に帰属させるものです。したがって、その技術を経済的な目的で売買することを認めることはない」
コマツが語ると、対面のアメリカ人の表情が一様に渋いものに変わった。
「もう一つ確認しておきたい……」タロウが言った。「……先ほどの話では、研究用と医療用を除くすべての原子炉ということだが、当然、軍事用の原子炉、あるいは濃縮設備も廃棄すると考えてよろしいのだな? ひいては将来、核兵器がこの世からなくなるということだ」
「NO!」
国務長官が腰を上げ、テーブルをたたいた。
「我が国が核を放棄するということは、世界が不安定化するということだ」
「本音が出ましたな」
コマツが目を細めると、国務長官が座りなおした。
「世界が中国やロシアの独壇場になるのを見過ごすわけにはいかないのだよ」
「中国にもロシアにも、同じ条件をのんでもらう」
「そのような
「アメリカ政府は、その軍事力と経済力の両輪で、これまで世界のリーダーとして君臨してきた。しかしそれが真っ当な方法だったといえるだろうか?……時には自国の経済的優位性を維持するために軍事力を発動し、時には反対勢力を暗殺し、あるいは経済制裁をもってライバルを圧迫、時に支配した。一方、世界の紛争が貴国の軍需産業に莫大な富をもたらしている。切り分けるなど、詭弁だ」
タロウが鋭く切り込んだ。
「それは政治だ」
国務長官の一言にコマツが応じる。
「そう、それが政治だ。政治家がこうした場で逃げ道を残す限り、その申し出を私が信じるのは難しい」
コマツが席を立った。
「日を変えて、もう一度、交渉を!」
国務長官の申し出があって、「では、場所を変えて」……コマツは、会談場所をニューヨークに指定してその場の交渉を終えた。
ホワイトハウスで晩餐会の予定があったが、交渉成立を前提としたものであり、コマツの体調が悪いことを口実に健太たちは参加を断った。
アメリカ政府はホテルを用意していたが、周囲はメディアでごった返しており、怪我人まで出ていた。その混乱に乗じてタロウの命が狙われるかもしれない。それを危惧し、コマツはアメリカ政府の申し出を断った。
アムロたちカッパ族がホテルに泊まるには人間の姿に化ける必要があった。人目を避けて化けるにはアメリカ軍や諜報機関の監視から逃れる必要がある。彼らはポトマック川に飛び込んで、監視の目を振り切った。
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