第55話
「海ノ旅、ドウデシタ。泳イデキタノネ?……フロム、ジャパン遥々、ゴ苦労様」
片言の日本語に対し、コマツが英語であいさつした。
「郷に入っては郷に従えと言う格言があります。ここはアメリカ、英語でお話し下さい」
そう言ったらしいが、健太にはさっぱりわからない。
ジョージが感謝の意を示すとタロウが日本語で言った。
「泳ぐなんて、とんでもない。サメやシャチに襲われるから危険なのだよ。あいつら、カッパ族をアシカやオットセイと間違えますからな。私はカリブ海でサメに追われ、三日三晩も逃げ回ったものだ」
タロウの話にジョージが目を丸くした。その横で、アムロがクスクス笑った。どうやらタロウは、またホラを吹いているようだ。
アムロやコマツは飛行機に乗るのは初めてだと言ったが、タロウはそれに乗るのは珍しくないと自慢した。風来坊の彼は、いくつかパスポートを持っているらしい。
「偽造パスポート、犯罪デス」
ジョージがたしなめると、タロウは開き直った。
「貴国は、偽造パスポートを使って、他国へエージェントを送り込んでいるのではないかな。他人を責めるなら、まず自らを正すべきだ」
他人が悪事を働くから、自分の悪事も許される。タロウの理屈はそういうことだ。
タロウらしいな。……健太は苦笑するばかり。
「ソレハ……」ジョージは少し首を傾げた。「……特別デス」
「私も特別だ。カッパだからな。人間の法律には縛られない」
「ナンデヤネン」
彼は両手でお手上げのポーズを作り、それ以上の追及を止めた。
幸いだったのは、彼がタロウが人間に化けて飛行機に乗っているということに気づかないことだった。もしそれを知ったら、彼の対応も変わっただろう。
食事を終えた一行は、ジョージとともに輸送機に乗り込んだ。
操縦席へ入るドアの左側にトイレがあり、その向かい側にはバーカウンターのような調理スペースがあった。その後ろ側の窓際に、二人掛けのシートが5列、都合20名分設置されていた。
カッパ族を
彼女が2列目以降の好きな場所に座るように話した。
コマツが2列目に座ると隣にジョージが掛けた。タロウは通路をはさんだ反対側、軍服姿の美女の後ろの席を取った。
健太が一番後ろへ行こうとすると、「そこに座れ」とタロウに命じられた。彼の後ろ、アムロの隣の通路側だった。
乗員の乗り心地など考えない軍用機内は、エンジン音が板金工場のように騒々しく、シートは硬かった。
タロウは上昇中からトイレに席を立ち、帰り際、ゴロゴロと床を転がって軍服姿の美女を苦笑させた。
飛行機が水平飛行に入ってからのことだ。
「お飲み物は何がよろしいでしょう?」
騒音の大きさもあって、軍服の美女が耳元でささやいた。彼女の香水のかぐわしい匂いと耳をくすぐる息に、健太の背筋が震えた。
「ハ、ハイボールを……」
気圧の低い空でアルコール類を摂取するのは危険だと思いもよらなかった。ただ、彼女の魅力から逃れたくて、いや、ソフトドリンクを頼んで子供だと思われたくないこともあって、それを頼んだ。
「ボクはミネラル水をお願いします」
そう言ったアムロが健太を睨んでいた。
制服の美女は全ての搭乗客から飲み物の要望を聞くと下がった。
「こうして見ると、雲の上というのも海底に負けず劣らず美しいな。人間が空を飛びたがった理由が分かる」
コマツが覗く小さな窓の外には、白い綿雲が果てしなく広がっていた。
彼の隣にはジョージが座り、あれやこれや質問を重ねた。タロウと違って真面目なコマツから、カッパ族の情報を引き出そうとしているのは間違いなかった。
「こんなに美しい地球も、人類が今のような生活をしていたら、いつまで持つものやら」
タロウがつぶやいた。
「センチになっているね」
騒音の中でも、アムロはタロウの声が聞こえたらしい。通路側に座る健太に向かって言った。ところが健太は、前方で飲み物を作る軍服の美女のスカートがはち切れんばかりの臀部が気になって、タロウどころかアムロの声にも全く気付かなかった。ただ、もう一人の小さな自分が爆発しそうになるのを、太ももの肉をつねって何とか阻止していた。
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