第52話

 寝室はタロウと一緒だった。どうやらそこが客間で、タロウも客として迎えられているらしい。彼の隣に客用のベッドを並べて横になった。


「福島君、迷惑をかけたな」


「それはお互い様です」


 健太の部屋で過ごしていた時より、タロウの態度は紳士だった。


 彼は、クスコ、イースター島、ナン・マトール、ボロブドゥール、聖地キャンディ、ナポリ……、世界中を見てまわった思い出をつらつらと語った。


「アムロは真面目過ぎる」


 唐突にタロウが言った。


「タロウさんが不真面目すぎるんです」


「アムロは良い奴だ」


「同意します」


「好きなのだろう?」


「エッ?」


「アムロは女を選んだ。面倒見てやってくれ」


「エッ?」


「……」


「どういうことですか?」


 ――グゥオー……――


 タロウは眠っていた。


「なんだ……」


 好きだけど「アムロはカッパだ」……自分に向かってつぶやいた。


「どうして命が狙われたのだろう?」


 タロウの寝顔を見ながら考えた。世界中を旅してきた中で、恨まれるようなことをしてきたのだろうか? それともカッパの科学技術を提供することに反対する勢力に狙われているのだろうか? それなら犯人はカッパ族かもしれない。


 天井を穏やかに輝く天井を見ながら考えた。カッパの建物は、総じてメタリック調で飾り気が無く、あまり落ち着かない。ただ、ヒカリゴケを利用した照明には心が休まった。


 ほどなく、月が水平線に沈むように眠りに落ちた。




 太陽がないカッパ国も、一日は二十四時間だった。地球上の生物は、なんだかんだいっても、地球という同じステージの影響下にあるわけだ。


 健太がいつものように目を覚ますと、隣のベッドでタロウも目を覚ました。


「おはよう」


 タロウの挨拶とともに天井照明の照度が増し、部屋は朝を迎えた。


「おはようございます。こんな仕組みになっていたのですね」


 健太は天井全体が空のように明るくなっていることに改めて驚いた。昨晩は逆の現象を見ていたはずなのだが、何故か気が付かなかった。


「川底にいても、時間は守らないとな」


 タロウが微笑んだ。


「体調はどうですか?」


 尋ねると、タロウがベッドを抜け出した。


「快調だよ。甲羅の穴が埋まるには時間がかかるが、生活に支障はない」


 タロウはバレリーナのようにクルクルと回って見せた。


「今後のことを考えると知っておいた方が良いと思うのですが、タロウさんは、誰に命を狙われているのですか?」


 健太は躊躇を覚えたが尋ねた。


「ふむ……」


 彼が頭を左右に傾け、考えるしぐさをする。


 健太は彼が思い出すのを、いや、正直に語ってくれるのを待った。


 おもむろに彼が嘴を開く。


「中国共産党幹部を馬鹿にしたとか、……アラブの王やマフィアの愛人に手を出したとか、ハングレの隠し資産を盗み出したとか、……そんな事実は、ナイ!」


 悩ましい前置きをしたうえで、彼は断言した。


 本当に心当たりがないのかもしれない。……健太には、タロウの本当のところが理解できなかった。

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