第51話
「こう、……ボンボンと胸も大きくて……」
タロウが自分の胸の所で、大きな半円を描くしぐさをした。
やはり!……想像が当たり、健太は胸の内で手を打った。
「……あれは何だ。……マリリンモンローの生まれ変わりだ。それで、そ知らぬふりをして近づいたわけだ。夜目遠目傘の内、という言葉があって夜や遠くの女性は良く見えるものだ。飛び切りの美人だと思って近づいたらそれほどでもなかったということはよくある。まあ、理想と距離は反比例するのだな。遠くにあるときは理想的でも、手が届くようになると、それは理想と大きなギャップがあることに気付く。しかし、今回は違うぞ。距離と美しさが比例する特異なケースだ。嘘だと思うなら、あの時のマスコミに聞いてみろ」
「誰も嘘だとは言っていない」
コマツは冷静だ。
「5メートルほどに近づいた時だ。その美女が私の前に立ちふさがった。なんて積極的な女性なのだろうと思ったね」
タロウはその時のことを思い出したのだろう。眼を閉じると天井を見上げるような仕草をする。
「白いミニの女性は、ちょうど肩幅ほどに足を開くとスカートをまくりあげた」
その時ごくりと喉を鳴らしたのは、健太だった。
「もちろん、少しだけだぞ。品の悪い想像はするな」
タロウが健太を指さす。
「足を開いたのは、銃を撃つために安定した姿勢を取ったわけだ。少しだけスカートを持ち上げると、お決まりのように太ももには銃ホルスターが隠してあった」
「それと鼻血が関係あるんですか?」
「まあー、急くな、青年。おそらく人間ならばホルスターしか見えなかったろう。しかし、私は優れたカッパだ。一瞬にして全てのものを掌握した」
「パンツですか?」
背の低いタロウなら、きっと優秀なカッパでなくともそれを見たに違いない。
「いや……」
タロウはニヤニヤし、話を中断する。聴衆を焦らしているわけではない。単なる思い出し笑いというやつだ。
「はいてなかった」
そこでタロウはクククと、再び思い出し笑いをした。
ツーと赤いものが鼻から流れた。
「見てはいけないと思い、私は美女に背を向けた。にもかかわらず鼻血が噴出した。そうしたら、ズドンだ」
タロウは、手で鼻血を押さえた。
「なるほど……」
トンと、コマツが相槌を打った。
「……鼻血を出したところを見られたくなくて、背を向けたから甲羅に弾が当たったわけだ」
「ウッ、……そういうことだ。すまんが、ティッシュを取ってくれ」
タロウがサイドボードを指した。
「まったく、エロオヤジだな」
いつの間にかアムロが入口のところに立っていた。途中から話を聞いていたのだろう。彼女はティッシュを取るとタロウに渡した。
「それはスナイパーの作戦だったのですよ。男の弱点を突いて、タロウさんの動きを止めようとしたわけです」
健太はタロウのために助け舟を出した。男同士の連帯感のようなものだ。
「そうかな?」
アムロは納得しない。
「そうに決まっているよ。スナイパーが失敗したのは、タロウさんがエロ過ぎて鼻血を出したことだ。それで標的が動いた」
言ってから自分で笑ってしまう。
「バカな……」タロウが頬を膨らませた。「……エロ親父が鼻血など出すものか。私の少年のような純真さが鼻血を出させたのだ」
「なるほど……」コマツが再び相槌を打つ。「……理由はともかく、鼻血のお蔭で命拾いしたわけだ。なあ、福島さん」
「そうですね。記者会見で盛り上がりそうな話です」
「そんな風にからかうだろう。だから、私はアメリカには行かない。もちろん日本にも。もう、地上には出ない」
タロウがへそを曲げた。カッパのへそは見たことがないけれど。
「だから、アメリカへは福島君とアムロの二人で行ってくれ。誰かに私のことを聞かれたら、世界の平和を願いながら二百年の短い人生を終えたと伝えてくれ」
タロウは背中越しに語った。
「カッパだから人生ではないでしょうに」
その晩、健太はカッパの国に滞在した。自宅に戻ったらマスコミや警察がうるさいだろう。なによりもタロウが側にいろとうるさかったからだ。彼はアムロと二人きりになって、撃たれた理由を追及されるのを嫌がった。
夕食はジャガイモとサツマイモを甘辛く煮たものや野菜サラダといったヘルシーなものだった。
「本来ならメイン料理は魚なのだが、隈川の魚は汚染されているので使えない。野菜ばかりですまないな」
コマツが詫びるように言った。
「もとはといえば私たちが原因ですから、謝らないでください」
健太はとても肩身の狭い思いをした。
食後は風呂につかり、……それは健太にはぬる過ぎたけれど、長く浸かっていても冷めることはなく、疲れや不安が湯に溶けだして穏やかな気持ちになった。
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