第46話
片倉との会談に向け、健太はワゴン車をレンタルし、除染で使う大きなフレコンバッグをふたつ用意しておいた。すべてタロウの指示だ。
会談の日、3人はワゴン車に乗り込んだ。会議室の入る建物の駐車場に車を停めた健太は、台車を借りてフレコンバッグを積み込んだ。それを会議室に運んだ。
「着きましたよ」
健太はフレコンバッグを開けた。中からタロウとアムロが出てくる。
「人間に化けて来たら楽だったじゃないですか?」
「政府は、出入り口の防犯カメラをチェックするだろう。そこにカッパが映っていなかったら詮索されて秘密がバレる」
「なるほど……」
変身能力はまだ秘密にしておきたいらしい。
「ようし、約束の20分前だな」
時刻を確認したタロウは満足そうだった。
「こんなに早く来る必要があったのですか?」
「遅刻しては失礼だし、先に着けば相手に貸が作れる。早すぎれば、足元を見られる……」
なるほど。……健太は納得した。
「……最初は握手をして挨拶するものだが、片倉事務官はそうしないだろう」
「何故ですか?」
「日本人だからだ」
「僕も日本人です」
「そうだ。しかし、一般の日本人と、日本人の政治家は違う」
「事務官は官僚じゃないかな?」
アムロが首を傾げた。
「事務官は、大臣や政務官、……飾り物の政治家の実質的な頭脳だ。同じだよ」
タロウが「グァハグァハ」笑った。
「形式的だが、敬意を表そう」
タロウが大きなテーブルを
ほどなく、片倉が到着した。彼は一人ではなかった。伊達官房長官とその秘書が同行していた。思ったより、政府はカッパに強い関心を持っているようだった。
「お待たせしました」
片倉は会釈をしながら窓側に回る。その後に緊張した面持ちの伊達と秘書が続いた。
「さて、官房長官も忙しいでしょう。日本政府からの申し入れ、駆け引きなしで聞かせてもらえますかな」
タロウが主導権を握ろうとしていた。
こういうやり方は嫌われるのではないか?……健太は考えていた。
「アムロさんがアップされた動画は拝見しました。カッパ族の皆さんの意向は承知しましたが、いきなり公開してしまうのはいかがなものでしょうか? 事前に申し出ていただけたら、政府としても有効な手段を講じられたと思います」
根回しをしろと言うことか、アムロの動画をネチネチと批判した。
「話というのは、動画に対するクレームですか?」
タロウが切り返した。
「いや、そうではありません……」
片倉が額の汗をぬぐった。一方、隣の政務官は苦い表情を作った。
「……日本とカッパ族の将来の協力関係の構築について話し合いたいのです」
「そうですな。カッパ族としては、出てしまった放射性物質の件については仕方がないと考えている。謝罪や補償を要求するものではない。私どもも、人類とカッパ族の未来について知恵を出し合いたいと考えている」
伊達の表情が緩んだ。謝罪や補償を要求しないとタロウが表明したからだろう。
「人類が条件を飲むのであれば、私どもにはエネルギー技術を提供する用意がある。有機体による酸素並びに電気エネルギー生成技術だ」
「そのような技術があるのか?」
伊達が腰を浮かした。
「今、お見せしよう」
タロウがアムロに、目で合図を送った。
アムロは会議室にあったテレビの電源プラグをコンセントから抜くと、プラグの二本の金属の一方を右指でつまみ、もう一方を左手でつまんだ。
「福島君、リモコンで電源をオンにしなさい」
健太はサイドボードの上のリモコンを取った。赤い電源ボタンを押すと、テレビの画面が明るくなり画像が現れる。その場にいた人間は、皆驚いた。互いの顔を見合わせ、またテレビに視線を移した。
健太も驚いた。こんなことができるなら、私の家で何故やらない。電気代が浮くのに!
「それはどうやって?」
片倉が尋ねた。
「発電など、電気ウナギや電気ナマズでもできる。人間だって、微弱だが、体内を電気が流れているだろう。それを、カッパ族は進化によって増幅できるようにしたにすぎない」
タロウが勿体ぶって話した。
「この技術を人類に提供しよう。何らかの有機体に応用すれば、そこからエネルギーを抽出することができる」
「こんな技術をいただけるならば、我が国は喜んで交渉に応じよう」
伊達の顔がほころんでいた。
「よろしくお願いします」
片倉が頭を下げ、伊達は身を乗り出してタロウに握手を求めた。
しかし、タロウはそれに応じなかった。
「技術供与には条件がある。二千キロワット以上の原子炉の廃炉だ。これは、日本国だけでなく、全ての原子力技術保有国に対する要望である」
伊達が手を引っ込めた。
「日本だけではないのですか……」
「他国への内政干渉になります」
片倉が伊達に向かってささやき、それからタロウに向いた。
「日本だけなら発電施設の開発に補助金をつけられるのですが…‥」
「それは、そちらの都合だ。私は、地球のことを語っている。地上のすべての知的生命体に検討してもらわなければ意味がない」
「なるほど」
「全世界に、となると日本政府の旨味は減るだろう。しかし、この件、どこの国がリーダーシップを取るかということは、将来の影響力という点で価値があるはずだ。違いますか?」
「人間のことをよく御存じのようですな」
「なあに。人間もカッパも一皮むけば同じようなものです」
「ところで何故、交渉相手に日本を選んだのですか?」
「事故を起こした日本には、働く責任がある」
タロウに代わってアムロが言った。
「正直に言えば、日本国が、外交下手だからです」
今度はタロウが握手を求めた。
伊達が苦笑し、タロウ手に視線を落とした。水かきのあるそれに、躊躇っているようだ。
「握手は嫌いですかな?」
タロウがさり気ない調子で聞く。
「あ、いえ。カッパの手を始めてみたものですから」
「大丈夫ですよ。病気はない。カエルのようにヌルヌルでもない」
すると伊達が、ドギマギしながらタロウの手を握った。
「……が、頑張らせてもらいますよ」
「必要なのは、日本政府の覚悟だけですよ。
タロウが釘を刺し、カッパと日本政府の会談は終わった。
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