第45話

「カッパの皮膚は、外皮と内皮とがある。自らエネルギーや酸素を作り、筋力を補助する機能を有する外皮は、構造が複雑でデリケートだが、物理的には厚く丈夫だ。触ってみろ」


 タロウに促され、健太は彼の腕の皮膚を引っ張った。


 それは良く伸びるゴムのようだった。20センチほど引っ張ったところで、それは突然反発し、強い力で健太の指から逃げた。まるで意志を持っているようだ。


「こら。触れと言っただけだ。引っ張るやつがあるか」


 タロウはそんなことを言ったが、怒ってはいなかった。


「厚くて丈夫だと言ったじゃないですかぁ」


「フン、カッパの外皮は、筋肉を内蔵したアクアラングのようなものだ」


 彼の腕の表面が、波打ったかと思うと長さ20センチもある突起を作った。


「私ほどの達人になると、自由自在に変形させることができる」


 健太には思い当たることがあった。


「アムロは、仮面ライダーになって見せましたよ。その皮膚だからですね」


「なんだ、知っていたのか……」


 タロウは残念そうに言った。


「……私は人の姿に化けて人間界を旅している。だから暑さにもずいぶん慣れたが、アムロはまだ慣れていないだろう」


「中がれたりするのですね?」


 健太はアクアラングを着た状態を想像していた。


「いいや、外皮のお蔭で内皮は一定の環境が保たれる。ダメージがあるのは外皮そのものだ。それをまとっている限り、外皮は肉体のために酷使される」


「脱ぐと酷使されない?」


「その通り! 外皮は丈夫だ。そして取り外しがきく。この皮膚を脱ぐと、中身は白い。それを知られたくなくて、アムロはバスルームで外皮のメンテをしていたのだ」


「外皮は丈夫でも、中は弱いのですね?」


「ウム、中身は人間と同じだ」


「人間ですか……」


 健太は真っ白なアムロを思い出した。髪がなかったものの、あの時のアムロは人間だった。その外皮は視界になかった。おそらく浴槽の中にあったのだろう。


「カッパと人間は、もともと先祖は同じだ。今でも、DNAの98パーセントは同じだ」


 バスルームから水音がする。あの中のアムロは、どんな顔をしているのだろう? どんな胸を……。


「何を想像している!」


 タロウの腕が伸びて額を打った。


「イタイ!」


 デコピンだけれど、額が割れたような痛みが……。ジンジン痛んでうずくまった。


「暴力反対!」


「私のかわいいめいの裸を見た罰だ」


「タロウさんが見ろ、って言ったんですよ」


「記憶にございません」


 タロウが「グヘグヘ」笑った。


 その時、バスルームのドアが開き、緑色のアムロが姿を現した。


「アムロ、ごめんなさい。タロウさんに、と言われて……」


 健太は、バスルームを覗いてしまったことを謝った。いや、見苦しい言い逃れだ。自分が嫌になる。


「いや……」


 アムロが話しかけて嘴を閉じた。真っ黒な目玉が悲しそうに見つめている。


「ごめんなさい」


 謝罪を繰り返した。そうしながらも、頭の中から真っ白なアムロの裸身が消えることはなかった。


 ――ピポピポペペペ――


 着信音に救われた気がした。


『内閣官房付事務官の片倉と申します』


 賢そうな声がした。


『カッパの皆さんとの面談を申し入れたい』


 デコピンされたところが痛んで、冷静な判断ができそうにない。健太はスマホをスピーカーに切り替えてタロウの前に置いた。


「代わりました。タロウ・カッパ・ドーモンです」


『あっ、カッパ様、……あ、は、初めまして』


 それまで落ち着いていた片倉の声がキョドった。


『で、できたら東京で……』


 タロウは返事をせずに健太の顔を見た。


「僕は仕事があるので無理です」


 健太は両手を胸の前でクロスさせ、小声で応じた。


「そうか……」タロウはつぶやいた後、スマホに向かって言った。「私のがそちらへは行けないと申しておりますのでな……」


『……仕方がありません。では、こちらから伺いましょう。場所はこれから選定して連絡いたします』


「目立たないところが良いですな」


 タロウが条件を付けた。


『こちらとしてもそれが希望です』


 片倉はそう応じて電話を切った。


「飲みやすい条件を飲ませると、その後の交渉が有利になるのだよ」


 タロウはそう言って「ガァガァガァ」と笑った。


 翌日、片倉から電話があり、交渉の会場が決まった。民間の貸し会議室だった。

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