第44話

「暑い」


 青い顔をしたアムロは、そういうとバスルームにこもった。


「具合が悪いのかい?」


「大丈夫」


 アムロは応える。


「あれは、相当まいっているな」


 タロウはバスルームを見やると、麦茶を口に運んだ。タロウがアルコール以外のものを飲むのは珍しい。


「大丈夫でしょうか?」


 健太の不安に、タロウはグイっと顔を寄せた。


「危ないかもしれない」


「まさか……」


 タロウの話は冗談が多すぎる。話半分とはよく言うけれど、タロウの話に限っては四分の一ぐらいだろう。いや、落語でいうところの千三つ、……正しいのは千分の三なのかもしれない。そう感じるから、危ないと言われても真剣には受け止められなかった。


「嘘かどうか、見てみろ」


 タロウがバスルームを指さした。その表情はいつになく真面目だった。


 もし、タロウの話を聞き流して、アムロが倒れていたりしたら泣くに泣けない。


「アムロ、開けるよ」


 ドアを引いた。


「ヒエー」


 アムロの声を聞いた時には、すでに中を覗いていた。


「ひぇー」


 今度は健太が叫んだ。


 中に、アムロはいなかった。真っ白な肌の少女がいる。髪さえない。頭のてっぺんからつま先まで雪のように白い。しかも、全裸だ。


 反射的にドアを閉めた。


「君は誰だ?」


 ドア越しに詰問する。


「ボクはアムロだ」


 扉の向こうから聞こえる声は、確かにアムロのものだった。


「ほうら、大変なことになっているだろう」


 タロウはベッドに横になり〝カッパせんべい〟を食べていた。


「ベッドの上でものを食べるな!」


 思わず叫んだ。普段の健太ではなかった。


「マジメか! 逆上するなよ」


 タロウがベッドを降りて笑った。


「説明してください」


 タロウに迫る。


「何を、だ?」


「あの白い生き物、……人間でしたが、本当にアムロなのですか?」


「もちろん、そうだ」


「カッパは、脱皮をするのですか?」


 タロウがそっぽを向いた。「ツバを飛ばすな」と顔を拭いた。


「福島君、おちつけ」


「す、すみません」


 気持ちがへこんだ。……なぜ、こんなに動揺しているのだろう。


 実のところ、健太は自分が動揺している原因に心当たりがあった。カッパという生き物のことが、再び理解できなくなっていた。


「なぜ、あんな姿なのですか?」


「さて、どんな姿だ?」


 タロウが立って、バスルームに向かう。


 健太は慌てて、タロウを後ろから羽交い絞めにした。たとえ親戚でも、アムロのあの姿を見せてはいけない。


「慌てるな。冗談だ」


 タロウは小さな身体をくねらせて、健太の腕の中からすり抜けた。


「実は、脱皮だ」


 タロウが真顔で言うときは、嘘が混じっている時だ。いや、さっきは違った。千分の三の時だったのか?……健太は何が何だか分からなくなっていた。


「まさか」


「脱皮を知らないのか?」


「脱皮ぐらい知っていますよ。人間だって脱皮しますから」


 健太の嘘に、タロウが喜んだ。


「そうか。人間も脱皮するのか。私の負けだ……」


 タロウは「グェグェ」笑い、両手を打った。


「……アムロは、中身を洗っていたのだ。真っ白な肌に感じたか?」


 タロウがニヤニヤ笑う。


「な、何を、ですか?」


 健太は顔が熱くなるのを感じた。頭の中に、真っ白なアムロの姿が浮かんだ。


「まあ、仕方がない。福島君の大きくなった股間に免じて教えてやろう」


「エッ!」


 股間を抑えた。


 タロウは冷蔵庫から缶ビールを取り出し、いつもの場所に腰を下ろした。


「実は、カッパ族と人類の祖先は同じだ。アフリカの大地に私たちの偉大なる母は生まれた」


「へー」


 信じられなかった。また、騙されているのだと思った。


「原人ルーシーという……」


 タロウは缶ビールをあおる。


「……カッパと人類の進化が決定的な変化をもたらすきっかけとなったのは、アトランティスとムーの戦いだ。知っているかな?」


「ええ、コマツに聞きました」


「そうか、それなら話が早い。カッパの先祖は、あの戦いを後悔して水中に住むことにした。そうすれば人類との縄張り……、いや、領土争いを避けられるからだ。水中にすむとなると、色々な問題がある」


「酸素や食料ですね」


「食料は問題ない……」


 タロウはカッパの歴史を滔々とうとうと語った。しばらくは熱く語り続けたが、やがて口調が緩くなり、徐々に声が途切れた。


「……ああ。すまん。話をしていたら眠くなってきた」


「周辺の話しから始めるからですよ。結局、アムロのあの白い体はどういう意味ですか?」


「ああ、そうだったな」


 タロウはビールを飲み干した。


 ――ゲップ――


「それでだ……。福島君が口を挟むから忘れてしまったではないか」


 タロウが口を尖らせた。元々嘴は尖ってはいるのだが。


「そうそう、……カッパの進化の話しだったな。人間は外部でエネルギーを作る道を選んだが、水中での活動が多く、その住居も小さな空間で生きなければならないカッパは、自分たちがエネルギーを生み出す循環型の進化を選んだ。自分でエネルギーを作り、しかも省エネだ。だからカッパの体は小さい」


「ハイ、それは聞きました。それと脱皮と、どういう関係があるのですか?」


「脱皮ではない……」


 やっぱり噓だったか!……頭の中でタロウを殴った。


「……我々の皮膚も甲羅も、本体と共に成長する。それは肉体であり、補助動力装置でもある。それが事実だ」


「補助動力装置?」


 健太は首を傾げた。

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