第42話

 駐車場には数人の人影があった。アムロが堂々と姿をさらすようになってから、スクープを狙うマスコミは減っていたが、ゼロになったわけではない。思い出したようにやって来ては何かと尋ねてくる。


「叔父さん、どうします。夜まで待ちますか?」


「ふむ、この際だ。


 危なっかしい発言だと思った。彼は何を見せつけるというのか?


 タロウが先頭になって玄関ドアを開けた。


 外にはテレビ局が三社と雑誌記者が数名いた。テレビ局の内の一社はロシアの放送局だった。


 最初は平静だった記者たちも、タロウの後にアムロが外に出ると驚愕きょうがくの表情を作った。ある者は目玉が落ちそうなほど目を見開き、ある者は顎が外れたかのように口を開きっぱなしだ。


「皆さん、おはよう」


 最初に口を開いたのはタロウだった。それに気を取り直した記者たちが、タロウとアムロを取り囲んだ。


「どちらが、新しくいらっしゃったカッパですか?」


 美人キャスターがマイクを向けるとタロウが進み出た。


「私ですよ、御嬢さん。タロウ・カッパ・ドーモンという者です。以後、お見知りおきを」


 タロウの隣で、健太はプッと吹いた。するとタロウににらまれる。澄ました言葉を並べているカッパがやや突き出たお腹を両手で抱えながら美人を見上げているのだから、笑ったことぐらい許してほしいものだ。


「カッパのお二方は、どういった関係なのでしょうか?」


「人間風に言えば、アムロは私のめいだよ」


 その言葉にメディアがざわついた。人間とカッパのゲイのカップルが一転、人間とカッパの同棲生活者に変わったのだから……。新事実に喜ぶ声もあれば、同性愛を扱う雑誌記者は落胆してため息をこぼした。


 アムロの性別に触れるマスコミは少なかった。それよりも、アムロとタロウが並ぶ写真を取り上げ、カッパ国の存在がリアリティーを増した、と大々的に報じた。


 インタビューを終えた後、健太たちは隈川を散歩し、スーパーで買い物をした。驚くべきことに、タロウは現金を持っていて、ステーキ肉やスナック菓子をカートに気前よく放り込んだ。


 その間、記者たちは様々な質問を浴びせた。陽気なタロウは良くしゃべるので彼らの受けが良かった。


 タロウは昨晩の事件を含めて、あることないことを面白おかしく話している。その中でも、マリリンモンローと一夜を過ごした話は皆を驚かせた。


「あははは、冗談だよ」タロウは美人キャスターの手を握るとマイクを口元まで引き寄せ声を潜めた。「残念ながら二人きりではなくケネディーもいたのだ。あいつめ、私とモンローとの仲を邪魔しやがった。人間の嫉妬は醜いね。仕方がないからキューバ危機を語り、人生を語り、酒を飲み明かしたのだ。記録には残っていないがね」


 タロウは、ロシアの放送局のためにもロシア語を交え、スターリンと相撲を取ったと話してその場を盛り上げ、豊かな折衝能力を見せつけた。


 健太は、人間は好きになれない、と言ったタロウの言葉は嘘に違いないと思った。


 タロウがマスコミの関心をすべて集めているので、健太とアムロは自由だった。


「叔父さん。すごいね」


「昔から、話すのが得意なんだ。時々、話しすぎて失敗してしまうけど」


「それより、アムロが女性になったのに驚いたよ」


「そう?」


「ボクって言うから、男性になるのだと思っていた」


「人間にだって、ボクっていう女性はいるだろう?」


「確かに。少数だけどね」


「使命を果たすまでは、ボクは男でも女でもないと思っている」


「なるほど。気高いね」


「でも、叔父さんがあの調子なら、ボクの使命は終わったのかもしれない」


 確かにタロウなら、政府との折衝も上手くやるだろう。


「使命を終えたら、カッパ国に戻ってしまうのかい?」


「それは、ボクの自由だ。今は、ボクがここに残る理由ができたと思っている」


「理由?」


「健太が、ボクの皿を舐めたということさ」


「それって、そんなに重要なことだったのかい?」


「ボクは舐めてはいけないと言っただろう。それを君はきかなかった」


「あ……」頭に浮かんだことに、健太は戸惑った。まさか、そんなことがあるはずない。……男が舐めたから女性になった。そんなことは否定したかった。


「なんだい?」


「そのせいで、アムロは女性になったのかい?」


「半分はそうだよ」


「半分?」


「残りの半分は、ボクの意志だよ」


 アムロは三個入りのプリンを取って籠に入れた。


「深刻な話は済んだのかな?」


 いつの間にやって来たのか、背後からタロウの声がした。


 彼の隣には、缶ビールを山ほど積んだカートを押す美人キャスターがいた。


「今日の取材料だそうだ。領収書が欲しいらしいから、福島君、君のサインを書いておいてくれ。カッパのサインではダメらしい。ばかげている」


 タロウは「グァハハ」と笑いながら、カートを押す美人キャスターを従えて出口へ向かった。

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