第41話

 翌朝までアムロとタロウは語りあっていた。カッパの言葉で話しているので、健太には話の中身までは分からない。少し残念だった。


 カーテンを開けると透明な光が室内を照らした。二人、……もしかしたら2カッパ、その肌が緑色でつややかなところは変わりなかった。しかし、アムロのほうが痩せているように見えた。カッパに中年太りというものがあるのかどうかは分からないけれど、タロウの腹回りはやや太く、肩のあたりにも肉がついている。


 何よりも異なるのは……。そうだ! 口元だ。……タロウの嘴が赤いラインで縁取られているのに、アムロは青だ。


 青色!……健太は依然感じた違和感の原因にたどり着いた。出会った頃のアムロの嘴の端は黄色だった。赤の男性でも青の女性でもない黄色だ。しかし今は、青色。アムロは女性になったのだ。


「朝だ!」


 強烈な朝日に驚いたのだろう。突然タロウが声を上げた。


 それに驚き、健太の意識は外に向かった。


 南の窓から見える景色は、肩を寄せ合うようにかたまって建つ小さな家々と、原発事故の影響で耕作されなかった畑だった。農家の宝であるはずの畑は雑草に覆われ、セイタカアワダチソウが無力な農家の苦悩のように風に揺れている。


「カッパも愚かだが、人間も愚かだ」


 タロウがつぶやく。


「カッパが愚かですか?」


 アムロが尋ねる。


「人間を懲らしめようという奴がいる。愚かだ」


「人間も愚かですか?」


 健太が尋ねた。


「人間だけが優れた存在だと自負しているから愚かだ」


 タロウは言葉を終える前に立ちあがった。


「風呂を借りるよ。隈川まで歩くのが億劫おっくうになった」


 タロウは「ガァガァガァ」と笑うとバスルームに消えた。


「やはり、放射能のない水は良いな」


 大きな声が外まで届いた。


「朝食の準備をしよう。叔父さんは食べ物にうるさいんだ」


 アムロは、健太が用意した踏み台を使って朝食の準備を始める。健太はタロウが飲んだビールの空き缶や菓子の空き袋を捨て、コタツの周囲を片づけた。


「人間なら〝タロウ〟は長男の名前だけど、どんな意味なのかな?」


 健太はキャベツを刻むアムロに訊いた。


「二男という意味だよ。人間の言葉とは違う」


「なるほど」


 そんなものなのだろうと思う。誰もが自分の価値観で、物事を決めつけて見てしまうものだ。


 ふと思い出して尋ねた。


「アムロ、女性になったんだね?」


「ウン」


「体調が悪かったのは、そのせいかな?」


「まあね。でも、健太が気にすることはないよ」


「ん……?」


 気にするなと言うことは、自分に何らかの関係があるということだ。……健太は手を止めて考えた。


 その時、外を人影が走った。まだ室内を盗撮しようとする者はいる。健太とアムロがゲイのカップルと疑っている者は少なくない。それを撮りたいのだ。


 健太は急いで窓とカーテンを閉め、電気をつけた。


「水は気持ちがいいな」


 そういいながらタロウがバスルームから出てきた。アムロは長い時間水に浸っているが、タロウは早かった。


「どうしたのだ。朝から暗くして?」


「中を盗撮しようとする奴がいるんだ」


 アムロが答えた。


「そうか」


 タロウは短く応じて、朝まで飲んでいた場所に腰を下ろした。


 アムロは立派なオムレツとキュウリたっぷりのサラダを作った。


「カッパがオムレツとは、堕落したものだなぁ。カッパなら朝食は新鮮な魚だろう」


「叔父さんはレアのステーキが好物でしょ」


 アムロが応じた。


「覚えていたのか」


「ウチにはステーキ用肉はないんだ。今晩、ステーキにするよ」


 タロウが笑った。新鮮な魚にこだわりはないらしい。アムロもキュウリが苦手だと言いながら、健太の倍は食べる。血は争えないものだ。


「タロウさんはですね」


 アムロが作った美味いオムレツを食べながら話した。


「私はカッパだぞ。カラスと一緒にされては迷惑だ」


 タロウが「ガァガァガァ」と笑った。


「アムロの行水は長いですよ」


「カッパにも好みや個性があるからな」


 タロウが耳元に顔を寄せる。


「実は、私は水が苦手なのだ。〝河童の川流れ〟のモデルは、私だよ。溺れたところを人間に見られた」


「それで人間が嫌いになったのですか?」


 信じて尋ねると、彼は「ガァガァガァ」と笑った。冗談だったようだ。

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